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【創作】月夜の銀山町 #シロクマ文芸部

こちらの企画に参加です。

(以下、本文です)
 朧月が中空にあるのを観てから大きく息を吐いた。自分でも感じる息の酒臭さに自虐的な嗤いが浮かんだ。飲みすぎだな。
 道路に出るため、ふらつきながら足を前に出すと暗闇にジャリン、ジャリンと小石を踏む音が響いた。

 道路に出たタイミングに合わせたかのように車のヘッドライトが高橋に向かってきた。コートの前ボタンを全て外した高橋の前に、カーキ色の軽自動車が静かに停車し、高橋は慣れた様子でドアを引き、助手席に体を滑りませた。運転席の女性が声をかける。
「お待たせしました」
高橋は耳の意識だけ運転席に向けて返事をした。
「いつも申し訳ないです。よろしくお願いします」
酒臭い息がかからないように、窓の方を向いたままだった。
 郷田が銀山町に戻り2ケ月、大黒屋旅館で郷田と高橋が飲んだ後は、仲居の仕事を終えた古川に自宅まで送ってもらうのが定例になりつつあった。 
 大黒屋から古川が住む借家の帰り道の途中に高橋家があるので古川の好意に高橋が甘える形になっていた。

 郷田との飲みが際限なく続くのを防ぐためにも、古川に送ってもらうのは都合が良かった。ただ歩いて帰る心配がないので酒量が多くなるのは良くないと高橋は少し感じていた。

 車は小さな灯りを頼りに暗く細い道を静かに進んでいく。
「だいぶ飲まれたみたいですね」
古川の問いに、外を向いたままの高橋が小さな声で肯定する。この後に古川が明日の朝のことを心配するのが定番だったがこの夜は違った。
「やっぱり、私がブスだからですか。あまり話をしてくれないのは。太ってますしね」
 軽自動車の左前のタイヤが道路の陥没にハマりガタンと揺れた。高橋は驚いた顔で運転席に視線を移した。
「若旦那とは会話が弾んでますけど、車の中では無口ですよね。もう、ご一緒しない方が良いのでしょうか」
  古川の目は真っ直ぐ前を見ていたが、目元が薄く光っているようにも見えた。
 車は点滅信号のT字路を右折し、町のメインストリートを北上するルートに入った。
「ちょっとすいません、一旦、ふれあい広場で停めてもらえますか?」
銀山町には只見川と会津鉄道只見線、そして集落と山々を一望できるビュースポットとしてメインストリート沿いに「ふれあい広場」が整備されていた。

 車が停まると、高橋は
「ちょっと待ってください」
と言うや否や助手席から外に飛び出し、フェンス越しに上半身を川岸に伸ばした。少しの時間、牛蛙を締め付けたような声とビチャビチャという水音が響いた。

 高橋はハンカチで口元を拭うと車に戻った。古川は運転席を降りて佇んでいた。古川の瞳には実直な表情をした高橋と町の灯り、只見川沿いの山々が映っていた。
「今夜は酔っぱらっているので、すいません。今度、ちゃんと素面の時に古川さんとお話したいです。俺は古川さんをブスだなんて思ったことは無いです。ふっくらしてるとは思いますが、それが魅力的だと考えています」
 高橋は言うだけ言うと助手席に潜りこんだ。
 古川は少し遅れて運転席に戻り、エンジンをかけ直した。

「これ、うちの電話番号です。古川さんの番号も教えてもらえますか」
 高橋は名刺の裏側を上にして古川に渡し、古川が教えた6桁の番号を手の甲に記録した。

 車と2人の恋は静かに動き出した。

 天空の雲は消え満月が煌めいていた。

(本文 おわり)

 はい、知ってる人は知っている、知らない人は覚えてください。「銀山町 妖精綺譚」のスピンオフになります。高橋と郷田が22歳の頃、携帯電話どころか車載電話もない昭和55年くらいのお話でした。
 
 設定では古川さんは、20歳であまり良くない家庭から逃げ出すようにして銀山町に来ました。自己肯定感は低いです。
 郷田父は事情がある方を旅館で受け入れて職住を提供しながら自立に向かわせる活動をしており、古川さんも自立を目指して銀山町に来ました。
 古川さんに高橋を車で送るようにお願いしたのは、もちろん郷田の若旦那です。
 ということで説明終了。
 実は「銀山町 妖精綺譚」に高橋妻がちょっとだけ出ますが、何の伏線にもならず回収できずに終わってしまいましたので、このスピンオフで出番を作れて安堵しました。本編はこちらです。

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