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無精子症になったので「精子提供」で子どもを授かった人に話を聞きました

キンタマの手術から半月が経ちました。つまり完全なる精子ゼロ人生が確定してから半月ということになりますね。

生物として命をつなげない存在になったものの、私はまだ生きています。人間だもの。ただ正直、キンタマの傷はふさがりつつありますが心に空いた穴のようなものはまだ依然として存在しています。

この感情の正体は自分でもまだ掴めていません。なんかめちゃくちゃ落ち込んで鬱だ死のう、みたいな感じでもない。それこそ「絶対自分の遺伝子を残したい」みたいな生物的本能みたいなものも、もしかしたら希薄なほうだったのかなとも思います。それでもその可能性が完全に断たれたという事実を目の前に「そうかあ……」とただひたすら呆然としているといった感じです。

ほんでまあ呆然とし続けている僕を見た妻が「同じ経験をした人の話を聞いたほうが気持ちを整理しやすいだろう」と、無精子症から精子提供で子どもを授かったご家族に話を聞く機会をセッティングしてくれました。先日の日記でも少し触れた「ふぁみいろネットワーク」という団体がそういう活動をしているんだそうです。

結論から言うと、1人で考えるよりも話を聞いてよかった部分がたくさんありました。noteに書いていいという許可もいただいたので、そのへんの話を少し書いてみます。


「非閉塞性無精子症」が判明したときの気持ちについて

今回2組のご家族にお話を聞いたんですが、どちらも僕と同じ「非閉塞性無精子症」のご家族でした。手術をしても完全に精子が採取できなかったパターン。こういうのに応じてくれるだけあって「自分が無精子症である」ということについても、しっかりと気持ちを言語化して話をしてくれました。

自分が無精子症だとわかると「男としてのプライド」が傷つく人も多いそうで、そういう人だと立ち直るまでに年単位の時間がかかる場合もあるそうです。これはまあ「ですよね」といった感じなんじゃないでしょうか。

今回話を聞いた方は「自分の遺伝子が~」とか「男として~」とかはあんまりこだわりがないタイプだったそうですが、それでも1週間とかはやっぱり落ち込んだという話もありました。僕もこういうキンタマnoteみたいの書いてますが、前述のような呆然感は抱えているので、頭でわかっても心がついてこないみたいなことは誰でもあるのかなと思いました。

印象的だったのは「非閉塞性無精子症の辛さ、悲しみは一生乗り越えられるものではない」という話でした。どんなに悩んでも、自分に生殖能力が無いという事実は一生変わらない。しかし、「次にやるべきこと」を決めることはできる。そうして行動を始めることで、自然とそこに意識が向いていったそうです。そういう前進のしかたもあるんだなと。今回話を聞いたご家族の場合はそれが「精子提供」という道だったというだけで、子どもを持たないという道や離婚という選択もあると思います。

お2人とも「妻に離婚を切り出されたら受け入れるつもりだった」と言っていました。僕もやはり離婚については話しました。そしてそれに伴う辛さや悲しみを一生背負っていくのは妻も同じだという話をしました。僕の場合は酒飲んで病気やったせいだという可能性が濃厚なためまた事情がアレですが、先天的な理由など自分のせいではない無精子症の場合でもそれくらい覚悟をする。

前に進むためには決意と決断が必要です。精子提供に限らず、養子、DINKs、離婚などどの道に進むにしてもはっきりと自分たちで決めなければいけない。子どもができたらうれしいな、といった気持ちではなく「子を授かる、育てていく」と決めなければ前に進めない。

無精子症の人の人生というのはつまるところ明確な「覚悟」と「決断」の伴う人生になる。少なくとも今回お話を聞かせてもらったお2人にはそういう姿勢を感じて、僕もそうありたいと思いました。

「実子(自分の遺伝子)ではない」ということについて

これは意外でもあり確かにと納得した点でもあるんですが、「自分の遺伝子が入った子どもではない」ということについては「全くと言っていいほど気にならない」そうです。

理由は「子育てが大変すぎてそんなこと考えてる余裕がない」から。あ~そりゃそうだよなあと思った。目の前で泣いてる子どもいるのに「俺の遺伝子が……」とか言ってるやつ親としてなんやねんと。これも「覚悟」の一種ですね。

既に「精子提供で生まれたんだよ」という告知も済んでいる小学生のお子さんとも少し話をさせてもらえたんですが、子どもにとっては「精子提供」で生まれてきたことは親が思うほど特別なことではなく、「顔のこの部分はドナーさんに似たのかなー」みたいなことも普通の雑談としてするそうです。「親父が八百屋だった」くらいの感覚で「親父が無精子だった」という事実があるだけ、といった印象でした。

とにかく「普通に子育てが大変」という話、そして「子どもの成長が嬉しい、楽しい」という当たり前の話が聞けたのがよかったです。「精子提供だからどうのこうの」といった話が全然なかった。お父さんにもし「遺伝子の父じゃないくせに!」とか言われたらどうしますか、と聞いたら「それは事実だからいいけど反抗されたことがショックだと思う」と言っていて笑いました。普通のパパの悩みなんだなと。

子どもが将来「遺伝子上の父に会いたい」と言ったらどうするか

いわゆる「本当のパパ」みたいな問題。RPGなんかだと「実はお前は私たちの本当の子ではなく勇者の血を引いていて……」みたいなのよくありますが、それの勇者じゃない版のとき色々どうなるんだろうと思ってちょっと聞いてみました。

ややこしい話になるので結論だけ先に書くと、今のところ日本の治療では「基本会えない」のが現実です。ただ、小さいころに告知をすると「会いたい」という子どもは少ないそうで、お話を聞いたお子さんも「会ってみてもいいけど別に会いたいとかはないかなー」みたいな感じでした。「私のお父さんはパパだけ……!」とかエモいわけでもなくフラットにそういうテンションなんだなと。

で、以下はお勉強として伝えときたいんですが、そもそも日本の精子提供は学会やらなんやらの事情として、「精子提供者の個人が特定できる情報は開示できない」というのがあります。親はドナーの血液型しか希望できない。このへんは「出自を知る権利」の問題として色々議論になってるそうですが、まあとにかく現状の日本では原則そうなってると。(兄弟の精子を使うとか一部例外はある)

こういう取り組みも出てきてるらしい。ただ法整備も整っておらず、民間の精子バンクもない日本ではまだごくわずかな例

海外の精子バンクだと精子提供者の詳細なプロフィールや子どものころの写真などを見て選べたり、子どもが成長した際にはドナーの氏名や住所などを知ることができ、ドナー次第では会うことができるケースもあります。これはこれで「精子を選べる=優生思想では?」みたいな議論があったり、海外の精子バンクが利用できなくなる可能性がある法改正案が出ていたりして、とにかく色々とややこしく大変なことがあります。

要するに精子提供だと、「そもそも本当の父が誰かわかんない」「わかっても会ってくれるかわかんない」みたいなことが前提としてあるわけです。

ちなみに男性不妊がはっきりした僕らのような法律婚夫婦の場合はまだいいほうで、子どもが欲しい独身女性やFtoM、同性カップルなどはもっと大変です。

日本の精子提供には「ドナーの条件を選択できない」「子どもの出自を知る権利が保証されない」「法律婚カップル以外の治療が認められない(そもそも同性婚が認められていない)」などさまざまな問題があります。

そういう事情があるため、近年はSNSで精子提供を行っている野生の「孕ませ屋」みたいな人間を頼らざるを得ない人もいるそうです。当然個人の勝手な活動なので、病気や詐欺など色々なリスクのあるヤバイ孕ませ屋さんも問題になっています。

こういうのは当事者にならないと知れなかったことでした。僕の種無しが皆さんにとってもこうした問題を考えるきっかけになれば幸いだと思い、このnoteを書かせていただきました。

当事者の方へ

最後に、今回お世話になったふぁみいろネットワークさんにいただいたご案内を掲載しておきます。同じ悩み、境遇の方が対面やオンラインで話ができるようつないでくれます。このnoteにたどりついた当事者の方などに届けば幸いです。

日本では、不妊やLGBTQなど医学的に子どもを持てない人たちが、精子提供・卵子提供・代理懐胎により子どもを授かることが増えています。不妊が発覚した時や、こうした治療に進む時には、大きな葛藤、悩みや不安を抱えることがとても多いです。

親になった当事者や研究者が運営する「ふぁみいろネットワーク」は、当事者の皆様への情報提供や居場所作りを行っています。また、子どもやドナー、代理母さんの権利が守られることも、この治療を考えた時に非常に重要であり、その視点での活動も行っております。

当事者の皆様は以下をご利用頂けます。
①匿名でのLINEオープンチャット
②お話会や交流会
③Zoom相談室

当事者の皆さんの心が少しでも軽くなることがありましたら、運営一同とても嬉しく思います。

■パンフレット
https://famiiro-network.org/wp-content/uploads/2023/09/Famiiro_Leaflet_Sep2023.pdf

■ホームページ
https://famiiro-network.org/

ふぁみいろネットワーク共同代表 戸井田かおり(花未来)


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