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学歴エリートのためのスピリチュアル活用入門 vol.1- 信じるアホ、信じないアホ -

高学歴の人はスピリチュアルがおキライ。

わかります。僕自身もそうでした。
「波動」とか「量子力学」とか「集合意識」という言葉を聞いた瞬間に、「この人ないわ」とその人に「アホスピ」とラベリングをして、コミュニケーションをシャットダウンしていました。

でも、そんな僕こそ「アホアンチスピ」でした。

今でもスピリチュアルのことに詳しいわけではありませんが、偏見から開放されてスピリチュアル的思考のいい面を取り入れたら、人生がものすごく楽になったし、好転もしています。

もしあなたが以下のどちらかだったら、是非この記事を最後まで読んでください。

1)スピリチュアルの人は、易きに流れエセ科学を信じる知性の足りない人であり、相手にしても仕方がないと思っている。

2)スピリチュアルにハマっている人は、アタマのおかしい人が多いし、スピリチュアルにはなりたくないけど、本当をいうとちょっとだけ興味がある。

さあ、よろしいですか?
それでは参りましょう。

スピ全否定は、非科学的態度

現在スピリチュアル業界まわりの人は色めきだっています。

なんでも2020年は230年だか250年に一度の歴史的転換点で、特にこの秋分から冬至にかけて時代が大きく変わるということらしいのです。

「地の時代」から「風の時代」へと変化するのです。

さて、こう聞いてあなたはどう思いましたか?


高学歴の男性の少なからぬ人が「出ました、アホスピ」と思うのではないでしょうか?

でも、本当にアホなんでしょうか?

っていうか、なんでアホだといい切れるのでしょうか?


僕も以前はそのように考えていたので、当時の自分の思考を冷静に振り返ってみると、要は「学校で、そういうことの裏付けになることを習っていないから」ということに尽きるのではないかと思います。

今、あらためて考えて言語化してみると非常にバカバカしいのですが、おそらくスピリチュアルを否定する人の論拠はほとんどの場合ここにあると思います。

でも、それって明らかに科学的態度じゃない。

わかりやすく、UFOを信じるか、信じないか問題を例に説明しましょう。

あなたがUFOの存在を信じようが信じまいが、それはどちらでもいいのですが、「UFOなんて絶対にいない!UFOの存在を信じる奴は知的レベルの低いアホだ!」といってしまったら、それはもう言ったあなたがアホなんです。

なぜなら、真の科学的態度というのは、その事象の否定を証明できない限り、判断を留保することなのですから。

それにも関わらず「UFOなんていない!」と息巻いてしまったら、逆にあなたの知性が疑われてしまってもおかしくありません。

もっとも、いることを証明するには、1回UFOをとっ捕まえてくればいいだけなので楽ですが、いないことを証明するのはかなり大変です(できるのかどうか僕には正直わかりません)。

なので、あなたがUFOの存在を信じていなくて、UFOの存在を信じている人と議論をしたくなかったら、単に距離をとるのが正解かも知れません。

同じことはスピリチュアルに関しても言えます。

あなたがスピリチュアル的なことを信じないのは勝手ですが、そのことによってスピリチュアル好きにアホのレッテルを貼るのは、実は非常に知性レベルの低いことなんです。

「じゃあ、オレは単に距離をとるよ」

というかも知れません。それもそれでいいでしょう。

でも、UFOを信じようと信じまいと、あなたの人生が大きく変わらないかも知れませんが、スピリチュアル思考をうまく取り入れると人生がかなり楽に、好転するということを実体験しているので、もう少しお節介にスピリチュアル思考について説明させてください。

学歴エリートがスピがキライな理由

一般的な傾向として、高学歴男子はスピリチュアルを毛嫌いするという傾向があります。

これ、なぜなんでしょう?

実はこれ、アイデンティティの問題なんです。


高学歴の人にとって、自分の高学歴は本人が思っている以上に心の拠り所になっています。 

たとえば僕の場合は、中学校から御三家と呼ばれる超進学校に入っているのですが、その時点で「超進学校に入れたオレ」というのが強いアイデンティティになっています。

このことは鼻持ちならないエリート意識にもつながるのですが、それ以上に自分の人生がうまくいかなかったときの心の拠り所になるんです。

大学受験がうまく行かなかったとき、就職がうまくいかなかったとき、仕事がうまくいかなかったとき、

「でもオレ、麻布(中学、高校)だもん」

といって無意識に自分の平常心を保っているんですね。


進学校にいってなくても一緒です。普通の公立高校からいい大学に進学できたら、「わたし、あの環境から慶応入ったんだもん」というのが、自分の大きなアイデンティティになるわけです。


で、そのアイデンティティを持つことによって平常心を保つことができるのは、そうした学歴が学校教育というコンテクストの中ではヒエラルキーの上位に入っているからです。

言葉を換えると、少なからぬ学歴エリートは、学校教育というコンテクストの権威が自分のアイデンティティの大きな部分を占めてしまっているわけです。

だから前章でお話したみたいに

「学校で、スピリチュアルの裏付けになることを習っていないから」

というのは、本人にとって大問題になってくるんです。


学校教育で習ったことで説明できないことを認めてしまうと、自分のアイデンティティが崩壊してしまうわけですから。

でも宇宙の95%がダークマターとかダークエネルギーと言われる、光学的に測定できないものでできているのと同じ様に、実際には学校教育やその元となるアカデミアの世界で解明できていることなんて大したことないんです。

ちなみにこの学歴アイデンティティは男子により強い傾向です。

というのもこれまでの日本の競争社会は男性の論理で作られていたからです。男性はこの競争原理にどっぷり浸かって生きることを社会的に要求されてきたので、学校教育コンテクストに重きを置いてしまうんです。

それと比べると、いい悪いは別にして、女性は社会的出世をあまり大きな価値として要求されてきませんでした。逆に高学歴女子は敬遠されるというのも、残念ながらあるあるです。だから男性と比べるとこの傾向は弱いんです。

でも、マジメな人も多いので、そういう人は「スピリチュアルを受け入れると変な人だと思われる」という防御姿勢をとって、スピリチュアルから距離を取ったりしがちです。

まだまだ続くよ

おっと、気づけばかなり長くなってしまいましたね。

今日はいったんここで切り上げて、また明日以降続きをアップしたいと思いますが、ティーザー代わりに今後の章をチラ見せしますね。

「英語をしゃべっているとき人格が変わるんです」- パラダイムの話 - 
なぜ高校で虚数をならうのか?
ニュートンはアインシュタインに敗れたのか?
バルタン星人 vs 脳科学
あなたは日本の教育の犠牲者?
新しい時代を楽しみましょ ♡ 

まあ、まだ予定なので、章立ては変わるかも知れませんが、こんな感じで続けていく予定です。ではまた明日!


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