逆さに降る雨

 酷い雨だ。老人はそう思った。アスファルトから吸い上げられるように雨が降っていた。曇天の空に向かってツーンツーンと音もなく昇って行く。一匹の黒いドーベルマンが後ろ向きに走っていた。道行く人々も後ろへ歩いている。老人の後ろでサングラスをした男が喚いていた。男は日に焼けた黒い腕で、黒いラブラドールを連れて後ろへ下がって行く。

「!がめーぼろどのこ」


 老人には男がなんと言っているのかわからない。
疲れきった青年たちが息を吐いて休んでいる。みるみる青年たちの汗が乾き、アスファルトに落ちていたリュックが手品のように肩に戻る。老人は青年たちを通り過ぎ、近くのスーパーへ入った。店員が喚いている。

「!かれだ、かれだ、れくてえまかつをついそ」

 店内に戻るとポケットから線香を取り出し、もとにあった場所へと戻した。別に線香など必要はなかった。ポケットにはくしゃくしゃになったハズレ馬券が5枚ほど入っていた。そのとき、老人の足に衝撃が奔った。少年が足にぶつかり、後ろ向きに走って、お菓子コーナーへ消えた。
そこで老人の走馬灯は終わった。
酷い雨だ。老人はそう思った。
 
 

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