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なんでもない話 その2

そのバンドは小さい界隈では
あったがある程度
動員力のあるバンドだった。
その日はスタジオで
リハーサル中だったらしく
ビールを差し入れにお邪魔してきた。

そのバンドのリーダーと
ウチのバンドのリーダーは旧知の仲。

挨拶を交わしすぐに
スタジオテイクの音源を
聴いてもらえた。

「これ歌ってるのが君?」

『そうです』

「へー、いい声してるじゃん」

想像もしなかった言葉を
不意にかけてもらい
めちゃくちゃ嬉しかった。

「いついつなら空いてるからその日で都合よければ一緒に演ろう」

と言ってくれた。

すぐさまライブハウスに連絡し
ブッキングマネージャーに
予定を確認してもらったら
返事はOKだった。

突然僕たちの
デビューライブが決まった。

1ヶ月後。

アレはたしか1月だったと記憶してる。その日からライブに向けての
リハが始まった。
SE、曲順、MC、色んなことを
想定しながらのリハーサル。
その中でも僕が1番びっくりしたのが
リーダーからのひと言だった。

「2曲目と3曲目の合間に上着を脱ぐから少し間を取ってくれ」

マジかよ。
そんなことまで決めんのか。

MCの文言や演奏中の魅せ方
ありとあらゆる細かいところまでも
リーダーのプロデュースは続いた。
そんなリハーサルを数回重ね
戸惑いながらもなんとかかんとか

ライブ当日を迎えた。

昼過ぎにライブハウスに到着。
ウチのバンドの次に出るバンドが
リハーサルの準備を始めていた。

このライブハウスでは逆リハと言って
トリのバンドからリハーサルを始め
最後はトップバッターがリハーサル。

そうしておく事でトップバッターは
リハーサルのセッティング
そのままでライブに
臨むことができる。

我々は7バンド中の4バンド目、
対バンをお願いしたあのバンドが
もちろんトリである。

リハも終わりメンバーと
軽く打ち合わせをした。
次の集合は3バンド目が始まる時、
それまではメンバーそれぞれが
想い想いに時間を過ごす。

リーダーは知り合いのバンドマン達と
対バンのお誘いや近況報告。

ギターは、バーでビールを呑んでいる。

僕とドラムは店の外で
夜風にあたりながら
タバコを吸い談笑していた。

メンバーの中でも1番年が近い。

けど16歳の頃から
アンダーグラウンドシーンで
割と有名なバンドで
ドラムを叩いている強者。
年も僕より5つ年上だ。

メンバーそれぞれを
『さん』付けで呼ぶ20代前半の僕。

でもドラムだけは
年やキャリアなんて関係ない
一緒にやる以上は

「タメ口だ」というヤツだった。

だから初対面の時から

「TAR、タメ口でいいよ」

と言ってくれた。

めちゃくちゃ気さくで
めちゃくちゃ優しい。
反面全身刺青だらけだ。

しかもキレたらめちゃくちゃ怖くて
手がつけられない

僕は1度もキレられたことはない。
けどドラムがキレたのを
何度か見たことがある。

打ち上げの某居酒屋チェーン店で
ぶちキレた時は
シャレにならないレベルだった。

もう店の中が地獄絵図だった
今でもハッキリと覚えている。

でもどんなにキレてても
僕が止めにはいると
我を取り戻し冷静になってくれた。

「TAR、やっとこの日が来たな」

「TAR、俺がお前の後ろに居るんだ
好きなようにやっちまえ俺はお前の歌が好きでこのバンドを今日まで続けてきたんだからな」

ヤツの言葉はいつも僕に
勇気を与えてくれる。


ん? 今日まで?


一瞬その言葉が引っかかった。


つづく

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