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北朝鮮・南浦造船所で確認された艦船など

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はじめに

 令和6年2月2日、北朝鮮の朝鮮中央通信(KCNA)は「金正恩総書記が南浦造船所を現地指導」したと報じました。この報道では、①南浦造船所の近代化、②今後の海軍用艦艇建造について言及されるとともに、金正恩総書記が造船所屋内や岸壁内で完成前の艦艇を視察する画像が公開されました。
 この画像の中では未知の新型艦が確認されたため、当記事で簡単な検証などをしていきます。

画像の撮影位置(屋内)

 朝鮮中央通信がリリースした9枚の画像のうち、3枚は3隻の艦艇が格納された工場を視察する金正恩総書記らを撮影したものでしたが、この場所は2018年に建て直されて2020年に艦船の出入りが可能となった工場と判明しました。
 まずは、この根拠を説明します。

建物と画像の確認

 まずは、造船所で艦艇を丸ごと3隻格納できる場所を探します。南浦造船所の軍用艦関係では天蓋式の工場は中央部付近にある大同江に面した緑屋根の建物(西棟)と茶色屋根の建物(東棟)しかありませんので、特定は容易です。
 問題は「艦艇がどちらにあるのか」という点ですが、衛星画像上の特徴と朝鮮中央通信がリリースした画像を確認すると西棟で撮影されたことが分かります。

今回撮影された場所:西棟は左側の緑屋根の工場である Image ©︎ 2024 Google Earth

工場屋根の採光窓(天窓)

 西棟は2018年の立て直しで採光窓付きの屋根が備えられました。これは東棟にはない特徴です(上の衛星画像からでも確認可能です)。リリースされた画像からも、採光窓を通過した日光が床面(船台)に差している状況が確認できます。
 なお、船台に差した光は太陽の位置によって角度や場所が変わることに注意する必要があります。

緑円で囲んだ位置が採光窓を通過した日光 ©朝鮮中央通信

船台のレール(引き込み線)の位置

 画像をよく見ると、工場内の艦艇はどれも片方に寄って建造されているように見えます。これを踏まえて衛星画像を確認した結果、朝鮮中央通信がリリースした画像でも船台上のレールは艦艇直下にしか存在しないことが判明しました。
 これを衛星画像を対比してみると、西棟の東半分にしかレールが敷設されていないことが分かります。これだけでも、屋内での撮影位置や方向は容易に特定可能です。  

船台上のレールは西棟の東半分にしか存在しない Image ©︎ 2024 Google Earth
船台上のレール(黄色の矢印) ©朝鮮中央通信

工場の大扉と中2階の通路

 工場には南北に大扉が各1枚ずる設けられている。この文章だけを見ると「リリースされた画像に写りこんだ出入口はどちら側?」と混乱してしまうかもしれませんが、先に説明したものだけでも容易に推測可能です。
 また、工場出入口の上には中2階の通路が壁沿いに存在している点も重要なポイントです。
 ただし、これも特定のために衛星画像と対比をしてみますと、①(KCNAがリリースした画像の)出入口の片方は左右に壁が設けられているため、工場の幅いっぱいまで扉を開閉することができない ②もう片方の出入口にはより大型の扉がある。以上のことを踏まえまえて対比すると、艦艇が前に向いている方向が北側で後ろの方向が南側ということがわかります。
 また、中2階の通路は北側の出入口の上にしか設けられない構造になっているため、この説を補強する材料となります(幸いにも立て直し中の西棟の衛星画像で内部を確認できました)。

①は中2階の通路、②は出入口 ©朝鮮中央通信
中2階の通路(赤色の矢印) Image ©︎ 2024 Google Earth
西棟北側の出入口(扉自体が存在しない可能性もある) Image ©︎ 2024 Google Earth
西棟南側の出入口大扉は一見して北側とは形状が異なっている Image ©︎ 2024 Google Earth
各種情報を総合すると撮影位置・角度はオレンジ色の矢印のとおりと特定できた Image ©︎ 2024 Google Earth

造船所内の艦艇について

 今回、KCNAがリリースした画像に写りこんだ3隻の(建造中の)艦艇については、その形状から日本海側の東海艦隊に配備された47m級駆潜艇と思われたが、画像を吟味したところ新型の「40m級哨戒艇」と判明しました。
 ここでは、その違いなどを解説します。

47m級駆潜艇

 この艦艇は、2015年以前に北朝鮮北東部の羅先で1隻だけ建造されたものであり、翌2016年には咸鏡南道のシンギョリ基地に配備されました。
 当初は後部甲板上に対艦ミサイルらしき物体を搭載されていましたが、少なくとも過去7年は搭載が確認されていません。

 武装は①RBU-6000対潜ロケット砲×1、②AK-230改30mm多銃身機関砲(手動または電子光学センサによる遠隔操作式)×1、③近接艦対空ミサイルシステム(携帯式地対空ミサイル6発を装備する手動式)×1 であり、特に①は北朝鮮の艦艇では初めて装備が確認されたため、話題を呼んでいます(この艦艇の映像が初公開されたのは2023年夏頃ですが、完成直前の2015年10月に撮影された時点でRBU-6000の存在が確認されていることを踏まえると、最近のロシアとの緊密化とは無関係でしょう)。
 また、対艦ミサイルとして金星-3(ロシアのKh-35を独自生産したもの)を4発から8発程度は搭載可能と思われます。
 
 この種の船としては比較的バランスが取れたものであり、すでに配備済みの冒険的な水面効果艇(または双胴艇)より実用的なものと思われますが、現在に至るまで建造は1隻でストップしたままです。

 電子兵装は上記の電子光学センサ以外に、①民生用航海・対水上レーダー×2、②チャフ発射機(6連装型)×4 などで構成されています。

47m級駆潜艇 ©朝鮮中央テレビ

新型の40m哨戒艇

 この船については、①全長40m、全幅8m、②3隻を建造中 以外は判然としません。ただし、2019年秋には少なくとの1隻の建造開始が確認されています。これ以前に同じサイズの艦艇2隻の建造も確認されていますが、形状が若干異なっているため関係性の判断は不可能です(ただし、このうち1隻はまだ配備されていないように見受けられます)。

40m級哨戒艇(右側) Image ©︎ 2024 Google Earth
過去にほぼ同一のサイズの艦艇2隻が建造されているが、新型との関連性は薄い  Image ©︎ 2024 Google Earth

比較検討

 ここからは47m級駆潜艇と異なる部分を解説していきます。
 まず、大きさが異なることは言うまでもないでしょう。グーグルアース上での計測では明らかに6,7m程度の差がある時点で誤差を考慮しても異なる形式の艦艇であることは明らかです。
 次に、形状が酷似しつつも大きく異なっていることが挙げられます。まず①艦橋側面通路の外壁に救命用筏を収納したケースを設置すると思しきスペースが設けられています。②また、アムノク級コルベットと同様に艦橋側面には通路が設けられている点が大きな違いです(47m級駆潜艇は艦橋側面の通路が設けられていないため、艦橋側面は平面で構成されています)。③艦橋底部にある窓3個の間隔が同一ではない点です(47m級駆潜艇は等間隔に配置されています)。
 なお、④艦橋構造物の後面のデザインは47m級駆潜艇とほぼ同一です(ただし、駆潜艇と異なり壁面の角度は垂直に違うなどの差があります。⑤マストの形状が47m級駆潜艇のような梯子状ではなく1本の構造物となっています。 

40m級哨戒艇の具体的な特徴  ©︎ 朝鮮中央通信
47m級駆潜艇(比較検討用①) ©︎ 朝鮮中央テレビ
47m級駆潜艇(比較検討用②) ©︎ 朝鮮中央テレビ
47m級駆潜艇(比較検討用③) ©︎ 朝鮮中央テレビ
40m級哨戒艇  ©︎ 朝鮮中央通信

総論

 北朝鮮が同型の「哨戒艇」を3隻も同時に建造することは異例です。この艦艇がどのような装備を搭載し、どのような役割を付与されるのかは不明ですが、時代遅れの艦艇が大多数を占める朝鮮人民軍海軍の近代化に付与することは明らかです。また、同型艦が日本海側でも建造されるか注目する必要もあるでしょう。

アムノク級コルベット

 北朝鮮が2010年代初頭に建造を開始した77メートル級コルベットで、日本海側の羅先と黄海側の南浦で各1隻ずつ建造されました(詳細については、別のブログの記事をご覧ください)。羅先の「警備艦第661号」は2017年秋ころに東海艦隊の楽園基地に配備され、2013年8月には金正恩総書記が「ファサル」系巡航ミサイルを発射するなど活発な動きを見せています。
 今回の視察では2012年に建造が開始された2番艦が登場しましたが、艦番号が施されていないため依然として完成に至っていないようです(ただし、一見して完成しているようなので近いうちに軍へ引き渡される可能性は高いでしょう。
 基本的には1番艦と同じですが、異なる部分として、①主砲が旧式の手動式から(ノンオ級ミサイル艇などに採用された)伊オート・メラーラ製76m速射砲をコピーしたと思しき自動式艦砲に変更、②艦橋前面の下部が平面からステルス性を意識して傾斜付きの形状に変更、③船体やや中央やや後部の巡航ミサイル格納塔の形状を有蓋式から無蓋式に変更(これに伴ってMR-104射撃管制レーダーの位置がやや後部にずらされています) などがあります。

アムノク級2番艦  ©朝鮮中央通信
アムノク級1番艦「警備艦第661号」 ©朝鮮中央通信

ナルチ級VSV

 北朝鮮が2010年代初頭から平壌、元山、南浦、清津の造船所で建造し、一定数が軍部隊に配備済みの超高速魚雷艇(VSVの直訳は極細艇です)。金正恩総書記は2013年に1,2回(平壌)、2018年に1回(清津)にナルチ級を視察したことがあります。
 なお、ナルチ級は①全長10m級から約30m、②武装、③有人または無人型 など多岐にわたる種類の総称であり、各種類を細かく分類した場合は10前後にはなると思われるほどバラエティが豊富です。
 北朝鮮が導入した旧ソ連製や国産の魚雷艇の系譜を受け継いだものであり、高速で航行する様子は衛星画像からでもはっきりと確認できるほどです。
 ナルチ級は部分的にしか姿が公開されなかったこともあり形状が不明でしたが、2021年10月と2023年7月に放送された映像の中で登場したことで、概ねの形状が判明しました。
 今回、金正恩総書記が視察した1隻は全長35m・全幅5.5mの個体ですが建造時期は未定です(塗装や形状を踏まえると最古で2013年ころ、最新で2019年ころと思われます)。主武装は艦首のAK-230改30mm多銃身機関砲(電子光学センサの遠隔操作式)×1、おそらくは324mm魚雷発射管×2と思われます(別の個体のように107mm多連装ロケット砲や携帯式地対空ミサイルを2連装にした近接地対空ミサイルシステムの搭載も考えられますが、画像からでは判然としません)。

金委員長が南浦で視察したナルチ級VSV(35m級) ©朝鮮中央通信
ナルチ級VSV(比較検討用①)2023年 ©朝鮮中央テレビ
ナルチ級VSV(比較検討用②)2021年 ©朝鮮中央テレビ
ナルチ級VSV(比較検討用③):2018年・清津にて ©朝鮮中央テレビ
ナルチ級VSV(比較検討用④):2013年・平壌の大同江にて ©朝鮮中央テレビ
上に同じ(近接地対空ミサイルシステムと多連装ロケット砲に注目)
上に同じ(甲板両端の魚雷発射管と艦橋上の多連装ロケット砲に注目)
無人型と思しき無人型VSV 2013年・平壌にて  ©朝鮮中央テレビ
VSVには電子光学センサが搭載されている ©朝鮮中央テレビ

おわりに

 今回の視察に関する報道では未知の艦艇が3隻も一度に登場するなど驚くべき点があったほか、アムノク級2番艦などの詳細な形状を把握したことが大きな収穫でした。
 10年以上も南浦造船所と艦艇をウォッチしてきた筆者にとってはこの上なく最上級の資料であり、長年の苦労が報われた気がします。
 ところで、今回の報道では「第8回党大会が決定、手配した各種の艦船の建造実態と新しい膨大な計画の準備状況」、「わが党が目標を立て、決定した重要戦闘艦船を世界的水準で立派に建造する」など非公表のプロジェクトが存在することが示唆されました。 
 前回に投稿したとおり、造船所自体に特異な動きがみられましたので、将来に「大型艦」が建造される可能性が上昇しました。以上のことから、今後も水上艦艇分野での注視を続けていく予定です(みなさんも是非ウォッチしてみてください)。

造船所では艦艇建造に向けたと思しき動きが見られる(赤円) Image ©︎ 2024 Google Earth

参考資料

① 朝鮮民主主義人民共和国の陸海海軍(大日本絵画)
② 金正恩総書記が南浦造船所を現地指導
③ シリーズ北朝鮮の現用艦艇(第1回):アムノク級コルベット
④ New North Korean Helicopter Frigates Spotted

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