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タラ夫といく「Walls&Bridges」展

今回タラ夫がやってきたのは、タラ夫にとって日本の故郷ともいえる、東京都美術館(上野公園)。

「バベルの塔展」(2017)をはじめ、「ムンク展」(2018-2019)や「クリムト展」(2019)など近年話題となった展覧会を多く開催していることでご存じの方も多いでしょう。

今回見てきたのは絶賛開催中の「イサム・ノグチ展」

…ではなく、お隣(真下)のギャラリーA・B・Cで開催中の企画展「Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる」

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この展覧会、タラ夫が思わずnoteにしてしまうくらい、とーーーーーってもおすすめです。

この展覧会には、「初公開」や「初来日」といった華々しいキャッチフレーズもなければ派手なコピーもありません。

絵を描く、彫刻を作る、写真を撮る。
ただそれだけ。

紹介されているのは、そうした富や名声とは無関係に、ただ真摯に、自らの生きるよすがとして作品を生み出し続けた5人の作家。

彼らは創造の世界に身を投じ、自らの生を深めることに成功した人たちだった。つくるという無償の行為に没入することで、自らの障壁を、展望を可能にする橋へと帰ることができたのである。(展覧会図録p250)

5人の作家は、それぞれの人生に接点はありません。
造形的な共通点もなければ、制作の動機もさまざま。
それはさながら5つの個展を見ているよう。

でもきっとこの展覧会を見たら、"あぁ、真のアーティストってこういうことだな"って思うはず。そんな鑑賞体験が待っています。

前置きはこれくらにして、このnoteではとりわけタラ夫が惹かれた3人の作家を紹介します。


東 勝吉(ひがし・かつきち)

大分県で長年木こりを生業としていた東勝吉さん(1908-2007年)は、湯布院の老人ホームで静かな余生を過ごしていた83歳のとき、ホームの園長から水彩絵の具を贈られたことをきっかけに、大分の風景を描き始めます。

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大胆でいて繊細。
湖面とそこに映る景色はデフォルメされていますが、山の木々は濃淡の異なる色彩で丁寧に描かれているのがわかります。
コントラストが美しい!

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色使いもすてき。

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版画を思わせるような平面性と美しい色彩、たしかに感じる筆致。
近づいたり離れたり、なんどもじっくり見てしまいます。

そして極めつけは、こちら。

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由布岳(飯盛ヶ城)を描いた風景画ですが、大胆な画面構成と対照的な色彩…!山肌の造形も独特です。

東さんは、99歳で亡くなるまで、16年間にわたり100点余りの作品を仕上げたそうです。

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増山 たづ子(ますやま・たづこ)

皆さんは”徳山ダム”をご存じでしょうか。

岐阜県の山間にある日本有数の大きさを誇る徳山ダム、ここにはかつて徳山村という自然豊かな小村がありました。

旧徳山村の農家の主婦であった増山たづ子さん(1917-2006年)は、ダム建設のため水没することが決まったこの村で生まれ育ち、60歳でカメラを手にしてから28年にわたって写真を撮り続けました。

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農作業や林業に勤しむ人びと、学校行事に参加する子どもたち。

家族写真のアルバムをめくるように、村人たちはみな温かなまなざしをカメラに向けています。

そこからは、縄文時代の昔から人びとの生活が営まれてきたこの村が、水の底に沈んでしまう未来をすこしも感じさせません。

それがゆえに、増山さんの写真はほほえましくもあり、途方もない寂しさも感じさせます。

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年金のすべてをつぎ込み撮影された写真は実に10万カット。増山さん自身が整理したアルバムは600冊にも及ぶそう。

そこには、太平洋戦争で出征しインパール作戦で行方不明になった夫が帰還したとき、水没した故郷の景色を二度と目にすることができなくなっていては忍びない、といった想いもあったそうです。

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イラ(わたし)は川の流れが好きだな。いい思い出だけは胸にしまって、いやなことはみんな流してしまう。水の流れはいいよ。
だからダムにならんほうがいい。水は流れとったほうがいい。
溜めてしまうと、池になって汚くなるし澱んでしまうでな。
(増山たづ子『ふるさとの転居通知』/会場パネルから引用)

ところどころに掲げられた増山さんのことばが染みいります。

2006年、88歳でこの世を去った増山さんと同じ年、ダムの試験灌水が始まり、旧徳山村は水没したそうです。


ズビニェク・セカル

チェコスロバキア・プラハに生まれたズビニェク・セカルさん(1923-1998年)は、青年時代に反ナチス運動に関わった結果、強制収容所で4年もの歳月を過ごし、過酷な拷問にあいます。

語学を得意としたセカルさんは、強制収容所でその能力をかわれ、特別な役割をあてがわれることで、辛くも生き延びることができたそうです。

そんなセカルさんは収容所から解放された後、グラフィックデザインや翻訳の仕事を続けるかたわら、絵画や彫刻の制作も行いました。

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同郷の作家フランツ・カフカを好み、その翻訳なども手がけたセカルさんの作品は、どこかカフカの世界とも通底する雰囲気をまとっています。

木枠や金属線が無数に折り重なり、平面にも立体にも見える独特の奥行きをもった彫刻。そしてその”箱”のような彫刻に刻まれた十字架。

どこか存在の不条理を問いかけるようでもあります。

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東京都美術館最下層の展示室に整然とならぶセカルさんの彫刻。
それらは図らずもベルリンにある「ホロコースト記念碑」を思わせます。

語学を得意としたセカルさんが、言葉ではなく絵画や彫刻に託した思いとは何だったのでしょうか。

静謐な空間で、皆さんは何を感じとるでしょうか。

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おわりに

展示室に静かにおかれた作品たちと、ただただ無言で向き合う。

そこには小難しい美術理論や理屈は必要ありません。

ほんのすこし、彼らを制作へと突き動かす信念に触れるだけで十分。

この展覧会に出展された作品を見ていると、自分の思考が、感覚が、深くまで潜っていくような、そんな体験を味わえます。
きっとそれは、展示室をどんどん下っていく東京都美術館の構造のせいだけではないはず。

創造することのすばらしさを感じられる「Walls & Bridges」展、おすすめです。

展覧会は10月9日までやっていますが、こんなご時世なので、お時間と状況が許す方はぜひ、お早めにどうぞ。


Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる

会場:東京都美術館 ギャラリーA・B・C
会期:~2021年10月9日(土)
開室時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
観覧料:一般 800円 / 65歳以上 500円(※学生は無料)
※その他、詳細は展覧会特設サイトをご確認ください。

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