『アザラシの子どもは生まれてから三日間へその緒をつけたまま泳ぐ』の感想

アンソロジー・レッスン(第二回かぐやSFコンテスト最終候補全作品の感想)
の続き。全作品感想を書いたので、このコンテストは楽しんだから、読者投票に投票するかどうか迷っていた。けれど感想を書いてみると、好きな作品が二作あった。それは、普段からの自分の好みに沿った話で、読者投票とは結局読者個人が好きな作品が何かを、自分が決めるという過程なだけなんだなと思うと、自分への振り返りの作業として、読者投票に取り組むのも肯定できる気がした。それで、結局投票した作品は「アザラシの子どもは生まれてから三日間へその緒をつけたまま泳ぐ」だった。

【前回記載したことの転記】
『アザラシの子どもは生まれてから三日間へその緒をつけたまま泳ぐ』
 気になるタイトルは象徴のようなもので、本編とあまり関係がないのかな、と最初思ったけど、よく考えると薬で生態が変化した主人公たちはアザラシに変化して泳いで行ったんだろうし、その変身を変化ではなく「誕生」と捉えているのだとすると、ほんと上手いタイトルの付け方だな、と思った。
 本編は人体実験をする貧困ビジネスの話。塗り薬や目薬を自ら投与する被験者は形態が変化するにつれて、家族に拒否されるという件は、切なさという感情の一言では済まされない、現代の労働に対する社会構造への批評性や人間の本質が表されている。だけど、切ないと言ってもいいのが小説で、現代社会と異なる点だ、とも思うのは、そういった問題を短いこの文章の中でこういったファンタジーめいた書き方に落とし込んでいる点にある。全部読んだ時に返ってくる。題材と書き方が突き抜けていた。
キーワード:貧困ビジネス、人体実験、生態変化、薬、海、家族、社会、

【20210825追記】
冒頭「会社の食料自給率を上げて国に貢献する」より、この作品は主人公をはじめとする集められた人々が、人魚になり自らが食料になることを目的として、人体改造をすることを受け入れる貧困ビジネスの話、とも読み取れる。

・人魚について
ミアが読んでいる参考文献「(引用)以前は八百比丘尼と小川未明の書簡集を読んでいた。最近はグローバル・ウォーミングと人魚遺伝子の発見は何を意味するのか」
八百比丘尼は人魚を食べて800歳生きたと言われているように、人魚は食べられる妖怪だ。また、タイトルのアザラシも人魚伝説は、ジュゴンやアザラシを見間違えたものという話から来ている。グローバル・ウォーミング=温暖化により海面が上昇し、海底を生活圏とする人魚への人工進化の話でもある。その人工進化は、貧困者を募り、金と引き換えに人体実験を行う。

・色について
「(引用)「ある宇宙飛行士がこう言った」ミアは目を輝かせる。「宇宙では全てが暗黒だった。そこに色はなかった。孤独を感じた。しかし、地球に目をやると存在するすべての色があったんだ、とね。今はぼくも同じ気分だ。あそこには全ての色がある」」
この後、主人公たちがいる海底には色がなく、しかし明るさは感じるという話になり、着色アプリが広がる話になる。「地球に目をやると存在するすべての色があった」と述べることで、色が地球上に存在するもの、という当たり前でいて盲点となる指摘と、その暗闇、色のなさを生む対比(宇宙、深海)の距離と時間の永遠性。
課題テーマである「未来の色彩」に直接関わる部分。未来を宇宙にせず、宇宙との対比としてのグローバル・ウォーミングを経た深海を持ってくる点の捻り。色彩そのものは、現在の概念に据え置きがあるところは、評価が分かれるかもしれない。
 ただ、視覚の欠落を前提としていて、その視点を物語としてどう補うかという、今回の「色彩」というテーマ自体に対して、色覚障害や色だけでなく盲人のような視覚障害について、どのような問題意識を持ち、それをだだの批判とせずに、物語に昇華させるか、という試みにも読み取れて、私自身の問題意識と共通する点を感じた。

・細かな表現(諸々)
「(引用)最初に脱走したのはミアではなかった。おれでもエルシーでもイーヨーでもない。」繰り返される小さなコミュニティへの言及の仕方。
脱走という新しい世界の誕生。人魚=アザラシ。タイトルがアザラシの誕生を表しているのは、前に書いた通り。
「(引用)陸地が影になって揺らめいていた。前を見る。存在する全ての色がそこにあった。魂の求めに応じ、手を伸ばして水をかいた。思い切りキックした。」
ここの「存在する全ての色がそこにあった。」は、宇宙から地球を見た時の色ではなく、アプリによる着色された色でもある。そこをまやかしの世界とも、新しい新世界ともとれる。

まとめ
投票は「スウィーティーパイ」と迷ったけれど、「アザラシの子どもは生まれてから三日間へその緒をつけたまま泳ぐ」を読み直して、こうして気になった点を書き起こしてみると、
現代の現実批判のようでいて、地続きな全く独自の新しい世界感を構築していて、しかもそれは一見詩のような美しさを感じる表現でありながら、物語は、きちんと理にかなっているように組み立てようとされ、社会と個人の関係性にきちんと着眼し、またそれが個人の感情に依らずに、淡々と描写されていく点などの表現方法への好みもあり、全編一貫して、基本的、応用的表現の巧みさを感じる文章表現や理論が、やっぱり「アザラシの子どもは生まれてから三日間へその緒をつけたまま泳ぐ」が、私は一番好みな作品だな、と思った。

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