米川英之さん㊗️お誕生日おめでとう
先日、近所のライブハウスの前を通ったら、かなり楽しそうな様子。
ポスターを見たら、須藤満さんの10Daysライブ最終日でした。
うわー、いいな!
で、メンバーは?
G.Vo 米川英之
‥えっ😅
急いで帰宅して詳細を調べたら、昨日も出てらした。
まったくノーマークでした。
はぁ〜行きたかった、行くべきでした💦
今となっては、地元まで来てくれる唯一のC-C-Bメンバー、米川さん。
昨年の5月は独奏会に参加できたのですが‥
とても反省しました。
ちゃんとスケジュール確認しよう!
さてさて、今日は米川英之さんの誕生日。
グループ最年少も、今年で還暦。
今日はバースデーライブ。
(参加される方々、うらやましい! ライブレポ楽しみにしています)
まずは、米川さんの素敵なところを。
⭐️ ギター職人!
デビュー前、ギターを弾いてお金がもらえればと思ってたという米川さん。
通っていたギタースクールから、
「成績優秀なので、このバンドに入って実践で腕を磨いてね」
と1984年にデビューしたのがココナッツボーイズ。
そして1985年末に紅白、レコ大。
若干20歳の米川くんにとって、
就職先がC-C-Bだなんて、すごい人生です。
初めからギターがすごい、まさにエリート。
いつもギターソロでカメラが来るまで、
画面の右側にコソッと写っているのですが、
ソロの部分になると「ここを聴いてくれ!」とばかりに前へ出る。
C-C-Bは米川さんを、かなり贅沢な使い方をしていました。
ギターの技術的なところは、たくさんの人が詳細にコメントしてますが、
ボーカリスト、ソングライターとしても個性的で。
特に「Blue Guitar」「Velvet Touch」など、
かっこいい曲とキレキレのアレンジが、
いかにも米川さん!という感じで大好きです。
解散後もいち早くソロになって活躍されてました。
ベストテン同窓会でも、
胸を張って「ソロでがんばっています」と言ってた表情が誇らしげでした。
ライブリハの様子です。
こんなふうに、リハーサルしているのだなぁとよくわかる映像です。
⭐️言葉の精度が高い
C-C-B当時は最年少だったからか、
それほど前に出ていくタイプではなかったように思います。
ラジオでも「今日よねち喋ってた?」と思うほど。
おしゃべりな人達の中で、入り込むスキが無かったかもしれません。
でも、発する言葉、ひと言にパワーがありました。
例えば、
関口さん最後のベストテンで、
みんなが「がんばってください」とか「体に気をつけて」と
脱退する関口さんに向けて話す中、
「楽屋が広くなります!」と言って笑いを取ったのが象徴的。
演奏前にしんみりした空気が、グッと明るくなりました。
ソロのMCでは丁寧に言葉を紡ぎ、
米田渡では脱線した人たち(←だれ?)を修正する存在でしたね。
⭐️静かに熱い人
解散後してからも名義は変わりましたが、
C-C-Bの楽曲は演奏され続けてきました。
2011年「AJ-米田渡-」の時に
「米川が声をかけてくれたから米田渡が始まった」と言ってた英樹さん。
そして、笠さんが亡くなるまで、
「二人C-C-B」として活動してきた米川さん。
私は勝手に、
米川さんが一番「元C-C-B」という肩書きが重荷だったのでは?
と思ってたのですが、
よく考えると逆で、ずっとC-C-Bを支えてきました。
私の密かな願いとしては、
「一人C-C-B」として
少しずつでいいから名曲を演奏し続けてくださればと思います。
昨年、参加した独奏会でも、
ご自身の作品と共に、
Romantic〜を唄は無く、ギターのみで演奏し「余興でした」と。
米川さんがいてくれる限り、
C-C-Bは無くならないような気がするのです。
あらためて米川さん、お誕生日おめでとうございます。
そして、還暦のお祝いも。
どうぞ、いつまでもお元気で精力的な活動を。
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