マガジンのカバー画像

日々のこと・随想

33
日々の記録。
運営しているクリエイター

#日記

8月24日 「夏の終わり」

8月24日(木曜日) 所用があって自転車コギコギ20分。 用事が終わって公園寄れば、日差しは強いが秋の風。 雲はくっきり青さは深く、木々の緑に目を細める。 今年も夏は終わるんだなと、思ったある日の昼下がり。

8月19日 「13日でのべ7軒」

8月19日(土曜日)  長かった帰省を終えて自宅に戻ってきた。  台風と大雨の影響で一昨日まで新幹線は大荒れ、土讃線も昨日まで運休があったから、無傷な状態で予定通り移動できたのはこの夏に関しては幸いだった。もちろん、計画を立てる時点では列車の運行状況なんて分からないから、無傷なのはまったくの偶然ではあるのだけれど。  夜10時に家に着くと、室内は34℃だった。ベランダのツルムラサキたちは予想に反して無事だった。  長期不在は家の心配がつきまとう。泥棒が入っていないかとか、火

8月14日 「通学路」

8月14日(月曜日)  台風はだんだん西寄りの進路予測になっている。紀伊半島に上陸しそうだ。明日は新幹線で計画運休が発表された。帰省とそのUターンは他人事ではないので気に掛かる。  曇り空の中、散歩に出て小学校までの通学路を歩いた。このあたりは僕が香川を出てからものすごく宅地化が進み、田んぼがどんどん埋め立てられた。僕が通っていたころは田んぼの中に道が続いて、高台にある小学校へ上がる道が遠くからも見えたけれど、田んぼだったところに家が大量に建って、新しい道もできたので、小学

8月13日 「ミッション」

8月13日(日曜日)  墓参りをする。こんなところ車が入れるのかと思うような山道をMTの箱バンでぐいぐいと上り、三代前からの墓にたどり着く。とてもじゃないが僕は運転できない。歩いて行ってもよさそうな距離なのだけど(そしていい運動になりそうなのだけれど)、当たり前のように車に乗り込む。そしてそんな場所に家があって当然のような顔をしてワゴン車が停まっていたりするから、うーむ侮れない。  こうしてお盆の勤めを果たす。  マニュアル・トランスミッションこぼれ話。  香川の人は「マ

8月6日 「進路予測」

8月6日(日曜日)  台風6号は太平洋から沖縄本島方面へ向かったと思ったら、沖縄を過ぎてからくるりと向きを変えてUターンして、さらに方向を北へ転じて九州へ進むという予測が出ている。動きが遅い上に暴風域が広い。この奇妙な動き方は、自然の機嫌ひとつで人間なんてどうにでもなってしまうのだぞと、台風に言われているような感じがする。  9日に新幹線で西進するつもりでいたのだけれど、どうも雲行き(文字通り)が怪しい。いまだルートも速度も予測にかなりバラツキがあるものの、そのころの交通に

8月5日 「SWATCH」

8月5日(土曜日)  6月24日、祖父の墓参りに行った帰り、腕時計が止まっていることに気づいた。電池式で時々電池が切れるのだけれど、まだ切れるには早すぎる気がした。蒸し暑い日で、ガラスの内側が結露しているようにも見えた。家に帰って電池を交換しても、秒針が動くことはなかった。  15歳の3月、高校の合格発表を父と見に行って(合格していた)、菊池寛通りのステーキ屋で一緒にステーキを食べた。そのまま当時瓦町駅にあったそごうの時計屋で腕時計を買ってもらった。それ以来、22年間、僕は

8月2日 「砂の都」

8月2日(水曜日)  さいたま新都心の紀伊國屋書店で町田洋9年ぶりの新刊『砂の都』を買う。この人は寡作なのだ。外はたいへんな暑さで、駅からコクーンまでのわずかな屋外区間だけでじりじりと日に焼ける。  それから大宮へ向かう。通っていた病院がガス爆発で休院してしまったので代わりの病院へ行くため。やれやれ、長い通院の間にこんなことになるとは。大宮の病院は広くて感じが良くてシステマティックで、医師は少し僕に同情してくれた。  駅へ行ってみどりの窓口に並ぶ。最近はみどりの窓口の数がぐ

7月31日 「惑星9の休日」

7月31日(月曜日)  あれは僕が結婚して仕事もせずにふらふらしていたころの話なので、2017年のことだと思う。前に勤めていた会社の同期の結婚式に呼ばれて新潟に行った。記憶だと三条に向かったはずだが、もしかしたら新潟市だったかもしれない。この時期は体調が悪く、はっきり覚えていること以外は記憶が混濁している。  神社での式、結婚式場での披露宴を終え、二次会へ向かった。会場はちょっとしたレストランの貸し切りだった。着いてから会が始まるまで少し時間があったので、僕は別の同期と置い

7月29日 「うなぎ」

7月29日(土曜日)  猛暑というには暑すぎる。日を追って暑さが増し、体もダメージを受けている気がする。日差しを浴びると露出した肌がチリチリと焼けるのを感じる。  2020年、コロナの初年度から、夏の土用にうなぎを買って祖母と一緒に食べるのを続けている。うなぎは祖母の好物だ。僕自身はうなぎは好きでなかったので最初は付き合いだったのだけれど、だんだんおいしいと感じるようになってきた。  近所のスーパーに行くと、明日が丑の日なので大量にうなぎが並んでいる。今年のはいつもより出来

7月28日 「夢みるヨット」

7月28日(金曜日)  家ではしょっちゅう独り言を言ったり何かを口ずさんだりしている。口ずさむのは子どもの頃に歌った歌が多い。気づけば合唱曲が口から出ていることもよくある。  小学生と中学生の頃にずいぶんと合唱曲を歌った。小学生のときは全校集会で何かを歌うという機会が多かったし、通った中学校は合唱が盛んな学校だった上に合唱部で歌ってもいた。  『未知という名の船に乗り』はたしか小学校の2年生~6年生まで歌った。ながく歌ったので記憶にも深く刻まれている。この曲が阿久悠と小林亜

7月26日 「行商列車」

7月26日(水曜日)  『行商列車 〈カンカン部隊を追いかけて〉』(山本志乃、創元社、2015)を読む。鉄道を使った鮮魚の行商についての本。「カンカン」というのは、かつて行商にブリキのカンが使われていたことにちなむ。伊勢および鳥取のエリアを部隊に、現在も行商をしている人やかつて行商をしていた人への聞き取りや、魚の行商の歴史を紐解いている。  表紙の写真は、当時日本で唯一の行商専用の貸切列車として、近鉄で定期運行されていた「鮮魚列車」。この本の刊行後、2020年に貸切列車とし

7月25日 「インタレスト」

7月25日(火曜日)  『インタレスト』の最新号をもらう。『インタレスト』というのは四国学院大学の研究室が発行しているフリーマガジンで、僕は毎号楽しみにしている。  学生の授業の一環で、企画立案から情報収集と取りまとめまでを行って、年に2回、冊子を発行。最大の特徴は大学の研究室という特質を生かした人海戦術で毎号膨大なデータを集めていること。今号(35号)の特集は「全国のうどんの値段」「県内の注意書き看板」「都道府県のシンボル:花・木・鳥・魚・獣」の3本立て。ドカンとたくさん

7月24日 「燻製」

7月24日(月曜日)  梅の土用干し2日目。今日は昨日よりも早い時間に干せて、空も昨日より晴れている。日に当たる梅が美しい。  外を歩くと、なぜか少し涼しく感じるから体のセンサーがおかしいのかもしれない。先週の38度オーバー連発の日々でダメになったのだろうか。立ち止まれば背中にしっかり汗をかく。顔から汗が出れば気持ちいいのだろうけど、顔は汗をかかない。汗だくの人がうらやましいことがあるのだけど、そんなこと言ったらぶっ飛ばされるのだろうなあ。  義弟と初めて会って一緒に崎陽軒

7月23日 「梅干し」

7月23日(日曜日)  関東は昨日、梅雨が明けた。本当に梅雨だったのかと思うぐらい雨の記憶がない。そうかと思えば日本各地で豪雨被害が出ている。しとしとと雨の日が続くクラシックな梅雨が来ることはもうないのだろうか。それならば、梅雨ではなく「豪雨災害期間」のような別の名前を付けるべきなのかもしれない。  天気予報を見るとしばらく晴れマークが続いているので、梅を干すことにした。妻が梅干しを作り始めて数年、去年は僕も土用干しで参加し、今年は初めて自分でも漬けてみた。  塩分はきっぱ