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The Show Must Go On.

The Show Must Go On 最後までやり遂げなければならない
この慣用句は、もともとは演劇界の用語でした。舞台はいったん幕が開けば何があっても中断してはならないものです。

十河克彰, "The Show Must Go On

最後までやり遂げなければならない", 啓林館,  https://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/kou/english/alacarte/202007/index04.html

The Show Must Go On.

所属モデル事務所主催のレッスン。

コーチから学んできたウォーキングをファッションショーの想定で実践する日だった。

レッスンを始めて数か月経ったころだったが、他のモデルと交差するフォーメーションでウォーキングをするのは初めてだった。

The Show Must Go On.

ショーの実演中、私は、歩く方向を間違えた。
頭が真っ白になり、どこに向かって歩けば良いか、全くわからなくなった。

鏡張りのスタジオ。狼狽える自分の姿に、無性に恥ずかしくなる。
モードな服にピンヒール。格好だけは一丁前だ。

滑稽だった。

フフ、と笑い声がこぼれた。笑って誤魔化そうとしたのだ。
キャリアもない私にできるのは、笑うことくらいだと。

それをコーチは許さなかった。目つきを尖らせ、声を張る。

「笑わない!ショー・マスト・ゴー・オンだよ!」

The Show Must Go On.

開始前、丁寧に説明されていた。
ファッションショーのランウェイの目的は、服の魅力を伝えること。

特別な演出がない限り、笑わない。当日も、あえて笑うという指示はなかった。

笑わぬ鉄則を、破った。
レッスン内とはいえ、ランウェイにいる以上、それは紛れもない責任放棄だった。

コーチの一声で、小手先の笑顔で武装した愚かな自我のようなものが、一気に崩れた。

The Show Must Go On.

どんな職業に就けば、どの規模の企業に行けば、他人に賞賛されるのか?

私には、虚栄心を軸に意思決定をしてきた自覚がある。

その位置につけば何となく「すごいね」と言われそうな、なるべく手早く見栄を張れるであろう道を選んできた。

結局、その舵取りは自身の首を絞めた。見栄を主軸に選んだ仕事で、違和感がなくなることはなかった。

生活のために一生懸命ではあったが、ずっと、うっすら空しかった。

The Show Must Go On.

やりたいことの方向性は明確にあった。私は昔から、表現や創作が大好きだった。

お金が稼げなくて落ちぶれたら、周りにはどう思われるだろうか?
いいものがつくれなかったら、有名になれなかったら、馬鹿にされるだろうか?

人の目にふれるものがつくりたいくせに、周りの目が怖かった。本質から目を背け続けている一番の理由も、やっぱり見栄だった。

The Show Must Go On.

葛藤を抱えるなかで、会社員をやりながら、モデルの仕事もするようになった。表現にかかわることができるその仕事は、特別なアイデンティティのひとつだった。

その大事な仕事で、間違いを笑って誤魔化した。

笑いがこぼれたのも、見栄からだ。ミスした自覚が私にはありますよ、馬鹿じゃないですよ、という周りへのアピール。

せっかく見栄を張って殻に閉じこもることをやめ、表に出るようになったのに、これか。機会を与えられている中での責任放棄。周りにも迷惑をかける。

ただのワナビーでいればよかったのに。

The Show Must Go On.

現実と理想の間でもがいた先で、何とか近づきつつある、本質。

私はどうしたいのか。

幕が開いても、笑って誤魔化して、さいあく役を降りたら何とかなると開き直るのか?

後ろ指をさされるのをおそれて夢から逃げて、インスタントな虚栄心を満たすだけの生活に戻るのか?

The Show Must Go On.

私は怖い。不明確なものが怖い。
才能。人の目。生活。

「ショー・マスト・ゴー・オンだよ!」
コーチの凛とした声が心の中で響く。

凄く怖い。でも、やっぱり、つくりたい。
そしてそれは、誰かの心に届くものにしたい。

The Show Must Go On.

The Show Must Go On.

The Show Must Go On.

あのミスをしてしまった日から1年が経った。

相変わらず私は、見栄を捨てきれていない。

しかし、つくり続けている。いろいろなものを怖がりながら。

誰かの心に届けるための手段としては、人の目を気にすることも一理、悪くない。そう思うことに決めた。

わたしはそういう役なのだ。おりる気はない。

The Show Must Go On.

ショー・マスト・ゴー・オン。

幕は閉じない。生きている限り。

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