ダン・シモンズ「イリアム」「オリュンポス」注解(サルベージ版) 1/2

 旧ブログ及びサイトに掲載していたコンテンツを再掲します。「イリアム」「オリュンポス」はめでたく電子書籍化されて、巣ごもり生活の今再読を進めております(通算4回目)何度読んでも面白い、ただし話は割と破綻気味…という本書のガイドとなればと。以下本文です。

 いやー、何つーかですね。この怒涛と言うか破天荒ぶりは凄いっすわ。改めて。
 やっぱり客観的に見た場合、出来栄えとか読後の満足感は、どう考えても「ハイペリオン」シリーズのほうに軍配が上がるのですが、仕掛けの派手さとか複雑さとか訳のわからなさ(苦笑)は、イリアム2部作のほうがはるかに上。

 いや、もちろん面白かったし、大体満足はしてますよ。だからこそ、大ツッコミ特集をやろうという気になるんだし。と言うことで、主に自分のためだけに、この話の解釈を整理しておきたいと思います。
 感想を最初に一言で言うと「『イリアム』最高!だけど『オリュンポス」かなりイマイチ」となります。正直、2部作のうち「イリアム」だけ読んで終えても、実際には殆ど不都合はない。

●本作以外の参考文献:
 ダン・シモンズ「アヴの月 9月」(SFマガジン 06年9月号)
 シェイクスピア「テンペスト」
  →註と首っ引き。英語で読まないと多分全然面白くない
 シェリー「鎖を解かれたプロメテウス」
  →同上。戯曲読むのは疲れるな。
 ホメロス「イーリアス」
  →岩波文庫で持ってますが、上巻半分読んですでに挫折気味…

 当初は「イリアム」「オリュンポス」ごとに解説しようかと思ってましたが、タダでさえ長くて混乱する本二部作の解釈を、作品ごとにムリヤリ分けることは至難の業であることに気づきました。
 なので、ムチャクチャ長くなるのを覚悟の上で、両方いっぺんに註解してみたいと思います。

 えーと。言わずもがなですが本二部作未読の方。本稿はネタバレ注意と言うより、ネタバレそのものです。既読で、もうちょっと理解を深めたいという方のみ、以降をお読み下さい。4部編成となります。

1.世界
2.歴史
3.疑問点・ツッコミ
4.登場人物評

1.世界

1)イリアムの地球 紀元前12世紀
 ホメロス「イーリアス」の世界。
 突如、「イーリアス」第1歌が現実の世界として現れる。紀元前12世紀の物語なのに、なぜか本パートの主人公ホッケンベリーや、ゼウスを初めとした神々はQT(量子テレポーテーション)などの超科学技術を易々と使っている。何が起こってる?
 と言うところから本作は始まるわけですが、話が進むにつれて、どうもイリアムは現代の地球にはないこと・火星にあるのかと思ったらそれも違うことなどが分かってきます。それどころか、イリアムの地球はいわゆる並行宇宙にあるらしい。
 トロイ戦争そのものではなく、何故フィクションに過ぎない「イーリアス」が再現されているのか。まあ、ここは本作最大の仕掛けに関わる部分なので、そう簡単に謎は解けません。ただし、オルフは「イリアム」中盤で既にヒントを出してるんだよなあ。

2)現在の地球 紀元4500年ごろ
 短編「アヴの月 9月」を読んでいると、この世界の背景が結構分かります。ポスト・ヒューマン(以下PH)の庇護(?)の元、最後のファックスに至る人類達の話…から、大体1500年くらい経っているのが本二部作の世界。
 「アヴの月」を読んでいれば、ヴォイニックスがユダヤ人抹殺プログラムに従うこと、「最後のファックス」により、古典的人類がニュートリノ流しにあっていることなどは既に予備知識として入っているので、すんなりこの地球パートの話に入れるでしょうね。それがないと、最初は結構辛いかもしれない。実際初読のときは辛かったし。
 後、ファックスシステムとQTという二つのテレポーテーションの技術的な差異が、結構重要な伏線になっているところが面白い。この辺はSF作家シモンズとしての面目躍如でしょう。

3)現在の火星
 シェイクスピア「テンペスト」+オリュンポスの世界。
 ギリシャ神話の神々が住まうオリュンポス神殿は、実際に火星最大の火山(標高は27,000mとエベレストの3倍)オリュンポス・モンスにあるという、なんともふざけた設定になっています。
 んで、火星は思いっきりテラフォーム(環境改変)されていて、質量まで変わっていて、海もある。そこでLGM=ゼクがせっせと人頭像を作っていて、その人頭像のモデルはプロスペロー。エアリエルやらセテボスやら、「テンペスト」の登場人物勢ぞろいです。イリアムがホメロスの世界で、火星がシェイクスピアの世界…
 後、モラヴェックたちの世界である木星・小惑星帯がありますが、物語の序盤にしか登場しないので割愛します。

 <世界の種明かし>

 まずはここをやっておかないと話が進みません。
 イリアムの地球、及びセテボス・プロスペロー・シコラックス・キャリバン・エアリエルを含む「テンペスト」発キャラクター達は、全て

 「天才の創造力が作り出した、並行宇宙」

に存在したものであり、PHが行なった数々の量子実験・ワームホール濫造の結果、それらの宇宙と現在の宇宙が繋がり、彼らがこの世界に侵入してきた…と言うのが、本作の基本的な仕掛けです。
 最初読んだ時は「んなアホなオチあるかい」と思いましたが、再読して感心したのは、「イリアム」の時点でちゃんとそのオチに向かって、いろいろと細かい伏線が張られていると言うこと。まあ、話のキモ部分ですから当たり前なんですけどね。


2.歴史

多少時系列がテレコしている可能性もありますが、大まかには以下の通りでしょう。

◆<喪われた時代>
 21世紀の我々から繋がる時代。古きよき時代ですな。

◆<ルビコン禍>
 これは本作の世界から2,000年位前になるのかな。イスラム世界に属する科学者が作った、ユダヤ人抹殺のためのルビコン・ウイルスが地球規模で蔓延。
 肝心のユダヤ人には全く効かず、ユダヤ人を除く実に百十億人が命を落とす。なんともベタな設定ですなあ、シモンズはん。※2020年4月末現在、全世界的コロナウイルス禍の下では全く他人事に思えない…

◆<狂気の時代>
 <ルビコン禍>との時系列は正直この通りでよいのか、ちょっと自信がありません。
 断片的にしか語られていませんが、この時代はまさに地球規模の災害満載です。汎地球カリフと欧州連合の戦争があり、ブラックホール満載の潜水艦<アッラーの剣>が建造されたのもこの辺り。ヴォイニックスも、汎地球カリフによる生物兵器だったわけですね。どれだけすさんだ時代だったのか。
 フランスの科学者が時間遡行の動力源としていたブラックホールを逃がしてしまい、結果それが1300万人を殺したうえパリに巨大なクレーターを穿ってしまった(オ、オールドアースと同じ…byハイペリオンの没落)のも、この時代でした。
 つーか、原因がマイクロブラックホールなら被害はそんなもんじゃすまないと思うのですが…地球の半分くらいは持っていかれても不思議ではないような…

◆ポスト・ヒューマンの誕生と覇権
 PHがいつ発生したのかについては、正確な時期を特定できません。
 地球の情報ネットワークインフラ、すなわちもともとはインターネットだったものを制御するAI<オクシジン>が進化して<人智圏(ヌースフィア)>となった。さらにそれと<生物圏(バイオスフィア)>を組み合わせて、最終的に<神智圏(ロゴスフィア)>を為したのがPHである、とサヴィは説明しています。
 一方でモイラは「PHは<ロゴスフィア>が遺伝子プールの中から生み出した」と説明してます。この時点でつじつま破綻。まあ後発の説明だし、PHであるモイラが言うんだからこっちが正しいのか。すなわち、プロスぺローに乗っ取られる前の<ロゴスフィア>がPHを作りだしたと。こちらも完全につじつまが合ってるわけではないんですがねえ。
 とにかく、PHについては「いつ頃からか存在して地球をオモチャにし始めた、メッチャ鬱陶しい奴ら」と理解してすませておくのがよさそうです。実際、PHは知能が高いくせに、はた迷惑で自己破滅型の行動ばかり取ります。無軌道な遺伝子操作により、恐竜や生態破壊系のモンスターたちを生み出したり、ブレインホールの開発に耽溺したり、地中海をまるごと干拓してしまったりします。んで、最終的には軌道リングから火星まで逃げて、ギリシャ神話ごっこやっとるし。
 PHはまた、ヴォイニックスが古典的人類を襲わないように再プログラムしたそうな。何でそんなことが簡単に出来るのか、それが出来るなら地球全体をもうちょっとまともに戻してくれ(苦笑)。

◆並行宇宙への進出、のつもりが侵入されるPH
 PHは、一千年にわたり地球外の知的種族との接触を図っていて、その方法の一つがブレインホールを用いた並行宇宙との接続でした。並行宇宙創造の元となる(量子の波形面としての)人類の脳を有効に使うために、PHたちはまず軌道上にp環とe環を建造し、百万人分の人類をまるごとバックアップできるシステムをそこに設置しました(テクノコアの聖十字架と発想は全く同じ… Byハイペリオン4部作)。
 んで、おそらくこの時期にPH達は「人類は100歳でリングに上がってポストになる」神話を捏造し、古典的人類のデータ化を始めたのでしょう。古典的人類のナノ遺伝子構成を、PHの劣化版に再構成したのもこの時期と思われます(単なる推測です)。
 これらの準備を経て、いよいよブレインホールと他並行宇宙との接続が始まりました。そのうち2つが、イーリアス世界の地球・火星と、テンペストの並行世界に繋がる。なぜか、マーンムートとオルフの得意分野に(苦笑)。
 前者はPHの遊び場所になったんでまあ良いとしても、後者に繋がったのでさあ大変。セテボス・キャリバンに代表されるRPGモンスター系の怪物どもに加え、この地球全体に影響をもたらす力を持つ魔女シコラックスまでもが、軌道上に居座ってしまう。
 このとき一緒に混入してきたプロスペローとエアリエルは、ハーマン曰く「くたびれたサイバーウイルス」となって、それぞれ<ロゴスフィア><バイオスフィア>を乗っ取りました。サヴィはハーマンとディーマンに「PHがロゴスフィアに人格を与えた」と説明していますが、これは後の覚醒ハーマンによる説明と全く食い違います。ここはハーマン・プロメテウスの説明を是としておきましょう。
 その後、火星に潜んだセテボスを監視するために、プロスペローはエアリアルに命じてゼクを創造し、火星に配置しました。でも、何でプロスぺローの人頭像を何千体も作らせていたのか??セテボスがカラスで、人頭像は案山子と言うことですか。だとしたら、しょーもなー。

◆<最後のファックス>
 モイラの言い分を信じる限り、この時期PHはセテボス・キャリバンなどの侵入者を排除すべく、地球を1万年かけてクリーニングする計画を立てます。そのためPHは、古典的人類に対して<最後のファックス>(ニュートリノ流し)による避難を促す。古典的人類は不安一杯だったのでしょうが、PHに抗う術もない。但しサヴィだけは<喪われた時代>のスコット探検隊の悲劇を追体験しつつ、最後のファックスを免れる。このときのお話が「アヴの月 9月」にて語られています。
 実際にはこの後、PHも地球を離れてしまいます。あるものは軌道上に逃れ(そしてキャリバンに喰われてしまい)、あるものは並行世界の火星に行ってギリシャ神話の神となり、そしてモイラはチョモランマの頂上で永遠に近い眠りにつく。プロスペローは軌道上に住み着き、キャリバンのエサとなる人間を確保するために蘇生院を一つだけ稼働させます。ここ、さらっと書かれてますがまさに鬼畜の所業ですよ。
 結局、セテボスを何とかしようなどと、誰も考えてなかったと言うことですな。

◆そして、「イリアム」の時代
 さて、それから1500年経過しました。見るところ地球上では何も変わってない。ここでも1つ疑問なんですが、実際には10万人くらいにまで減っていたとはいえ、アーダ・ハンナ・ハーマン・ディーマン達に代表される古典的人類は、何で地球にいるの?PHは<最後のファックス>で古典的人類を一旦封印したはずだったのですが。
 モイラによれば、認可の下りたホモ・サピエンスと言うのが何系統があるらしい。ハーマンの系統はその中の一つで、陸上で培養されていたと言うところでしょうか(キャリバンのエサ用に??)。

さて、ツッコミ編は2/2に譲ります。

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