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ARCHIVESー21 ;          「イヴサンローランが亡くなられた。   ついに、」

初稿/2008-06-03:
文責/平川武治:

『 イヴサンローランが亡くなられた。
ついに、イヴサンローランも亡くなった。


 ご冥福をお祈りいたします。

永い間、ご苦労様でした。
巴里の“エレガンス”を
僕のようなものに
教えてくださったのはあなたでした。
ありがとうございました。

燦然と、
その輝きが一等星の如きの輝きも
遂には朽ちてしまった。

残されたものの使命の一つは
自らの醜さを曝け出すこと。 』


彼も、早熟であった。

その美しすぎる早熟さで
このモードの世界を駆け抜けた。
逃げ足の速かった彼も
駆け抜けようとしたが、
後年
彼の美しい、しなやかなかでか細いその足はもたついた。
其の時は、
もう、既に彼が駆け抜けてきたグランドの土ではなくなっていた。


 僕はどうしてもK.Lを好きになれない。
好みの問題だけではないらしかった。
いつも、イブサンローランと比べていたからであった。
 ベルナール・ビュッフェに失恋をした
P.ベルジェがどうしてこんなに繊細で美形の若者をすぐに捜し得たのだろうか?

ある本を読んだ。

J.コクトーが
当時、逗留していた南仏の銀行家の別荘に
それまでは、ベルナール・ビュッフェを伴って訪れていた彼、P.ベルジェが新しい彼、『若く美しすぎる青年』を伴って来たと言う。

僕はP.ベルジェの審美眼を信じる。
そして、僕はどうしてもK.Lを好きになれない。
ただ、あまりにも、違いすぎる。

 第2次世界戦争が終わってほっとした
50年代も半ば、この美しすぎる才能を秘め込んだ17歳の青年は都に現れた。
『美』と『自由』を鋭い『才能』で突き刺す早熟性を持ち備えて、三人の、出会うべき男に出会った。
Michel de Brunoff, Christian Diorその後、Pierre Berge。

 ‘68MAY。
この街にも革新な、大きな波のうねりが起こった。
40年前の、その出来事が今のパリの、フランスの新しさの全てへ通じるまでに。
決して、政治的なる事象だけではなかった
男と女の関係性も、女性の生き方、社会とのかかわり方も、生活様式も、モラルも
そして、モードの世界も。
「Yves Saint-Laurent Rive Gauche」は
この兆しを読み取った2年前に左岸で誕生。
’68MAYのうねりに捻じ込まれカルチュアームーブメントへ、この街のモードの世界が囲われた階級者たちから解放され
新たに、『プレタポルテ』が生まれる。
「Yves Saint-Laurent Rive Gauche」は
この新たな時代性を自らの経験によって切り開らく。

今、多くのこの街の書店には
『‘68MAY』の本が並ぶ。
ニコラサルコジも元闘士だった
40年前を省みる時間の年。

逃げ足速く、走り抜けるはずだった
早熟な、美意識豊かな少年は
何処かで、
自分が奔り抜くべき道が違ってしまったことに勘付き
居心地の悪さを知ってしまった。

そんな時に
彼は去った。
もう、戻って来ない。

ゆっくり、
おやすみください。
おもうぞんぶんにおねむりください。
そうじゅくであったころを
ゆっくり
ねむるじかんもなかった
あのときの
こきょうのたいようのかがやきをおもいだして
ゆっくりと
おねむりください。

このまちは
ぼくに『エレガンス』をおしえてくれた。
あなたは
そのかおりを
かぐわせてくださったおかたでした。

ご冥福を深く、かさねがさね。

『 Going on means going far. Going far means returning. 』

平川武治:2008年06月02日夜更けに:

 追伸;
終わった。
確実に、
一つの時代が終わった。
そして、
確実に時代は変わった。

あの時、彼がこの街に現れなかったら
この街のモードの世界も
閉塞感のみが蔓延した遅れた世界。

プレタポルテも誕生が遅れただろう。

はやく、
新たな価値観を
このモードの世界の新たなる価値観を見つけなければ、

どこかに、
早熟で
美しく、
逃げ足の速い
時代のアイコンに
辿り着くことまでが出来る
赤子が生まれたに違いない。

星が流れる。

武治拝。

#イブサンローラン追悼 #平川 武治#taque#LEPLI

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