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"The LEPLI" ARCHIVE 95/ 『アンダーカヴァーとOLYMPIA LE TANパリ2013-14A/W コレクション』 "CHILDHOOD & SEXY"という世界。

文責/平川武治:
初稿/2013年2月28日:

 1)ソルボンヌでの”UNDER COVER”パリ復帰コレクションを観て、/ 
 コレクション前には小雪が散らつく朝を迎える事が多かった先週も
やっと平常の巴里の寒さに戻った。

 そして、”UNDER COVER”も巴里へ帰って来た。
この街でランウエーをやるために、
この街の観衆へ観てもらうために
帰って来た”UNDER COVE”は
“GREAT SURPRISE!!"なコレクションを見せてくれた。

 まず、会場、この会場もGOOD SELECTIONの会場であった。
以前、CdGがその切っ掛けを作り以後も
数少ないコレクションしか行われてこなかった
閉鎖的なソルボンヌのボールルームが今回のU.C.の会場。
200人も入ればという”躾と知性”で構築された会場、
今回のU.C.のコレクション世界の雰囲気を作るにも
このボールルームの雰囲気は最適であり賢明な選定であった。

 最近のメゾンはいろいろな場所でコレクションをやるのが
当たり前になっているが、
案外、コレクションのコンセプトやアトモスフェールを
空間化するために選んでいる事は少ない。

 あの、CdGでさえ、最近の会場の選定とコレクションとは
以前ほどの強い関係性を感じさす迄のものではなくなって来て、
それなりの理由があるとは思えない会場選びである。

 多分、現在の多くのメゾンの会場選びとは、
ただ演出的に使い易い又は、多数が入るという理由が
重なる会場選定であろう。
それに、以前よりはコレクションに賭ける
イメージング経費も節約が当たり前の時代性だからであろう。

 ’80年代後期からのCdGやM.M.M.の
コレクション会場の選定とそれに賭けた神経の凄さ、
実際の会場へ委ねる時の興奮が
”パリ・コレ”の凄さの一つでもあったはずだし、
愉しみでもあった。
その後に続いたアントワープ系たちが
この手法をも真似る事で
当時、一世風靡した事もあった。

 今夜のU.C.のコレクションには
この様な嘗ての時代の巧さと暖かみが在った。
このデザイナーと演出家の良いチームワークの元で
丁寧に神経を使って
コレクションが必要とする雰囲気を
巧く会場環境によって演出したと云えるだろう。
当然、このメゾンのもう一つの凄さである
音楽の素晴らしい事も申し分ない役割を担っていた。

 という事で、この久し振りの巴里でのU.C.コレクションは
日本人が特徴とする、細かい神経使いとチームワークの良さと
音楽センスの良さを十二分に使っての結果の
“GREAT SURPRISE!!"なコレクションだった。

 巴里のデザイナー、JEAN COLLONAのコレクション後の感想が
“VERY SURPRISE!!"
友人の”VESTOJ”というモード誌の編集長のANJAも
“心地よいコレクション”と、音楽も好きだと言っていた。
www.vestoj.com

 僕が付けたタイトルは”CHILDHOOD"&”SEXY"。
僕の好きな世界だから余計に、好きなコレクションだった。
この“世界観”へ挑戦したジョニオ君に乾杯である。

 ”CHILDHOOD"&”SEXY"、この儚い微妙なる差異を
彼は今回のコレクションテーマにした。
決して、これ迄彼が関わらなかった世界観を創造し、
自分自身をも昇華させた。
シルエットで見せるバーニィー。
そして、それがレインウエアーなのであろうか?
子供が雨の中をこれを着ると飛び跳ねたくなるような眼が、
見る眼と観られる眼が
いっぱい附いた早熟なレインウエアーから始まったこの世界。
それらと交差する”フェッティッシュなボンテージの世界”、
”被り物とマスク”も良い。
ここにもチームワークの良さが見事な世界を生み出した。
 後半の猫に変わり、
ゴールディーなマスクとネックレスで最高潮の世界まで。

 今シーズンのU.C.のコレクションは
先シーズンの自らのコレクションを反芻いし、
良くお勉強し、刷り込んで出来上がったものである。
ここにも彼の素晴らしさ、忍耐力が生まれた。
先シーズンがなければ、今シーズンのこの世界が生まれなかった。

 案外、ファッションデザイナーぶる連中のコレクションほど、
自分の先シーズンのコレクションを
自分から進んでお勉強するデザイナーは少ない。
むしろ、殆どがしない。
その理由は、そのレベルのデザイナーたちは
俗な、“トレンド”が総てであり、
その為にコレクションを作っているのが
デザイナーだと思い込んでいるからだ。

 剥ぎ取られたトレンチやボンパーの後ろ見頃がニット、
シャツの胸元は心臓がプリントされ後ろがシースルー、
アンビギューティなバランスと
それらに使われた素材、ラバー、レザー、レース、ニット等の本物観を
子どもごころで遊び、ブリ-コラージュして行く。
日本のプリント技術の進化した愉しみも使いこなし、
時にはパンキッシュにさえ、
圧巻は、剥ぎ取られたシャツカラーを、引き裂かれたコルセットを、
有機系形態の詰め物たち、
それらもCHILDHOODな遊びこゝろで切り刻み、剥ぎ取り
自らのアーカイブを幾重にもブリコラージュし、
着る女たちをより、自由な身体へフェッティシュにボンテージする。

 現代の若者たちが持ち得た自由が、
選択した不自由さが
このコレクションの根幹には存在する。
 “縛る”“縛られる”事への願望と不自由という安心に
恋いこがれる同一性。
何も知らない時の自由と、
知りすぎてからの自由の差異とは?

 きっと、今のジョニオ君の新たな出発がここに所在するのであろう。
彼の”こゝろの有り様”がここ迄熟し始めた。

2)”OLYMPIA LE TAN”のコレクションとは?/
 
昨シーズンから本格的(?)なコレクションを始めた、
フレンチベトナミアン、”OLYMPIA LE TAN”。
 父上の凄さを遠慮なく引きずってのブランド価値はやはり、
此の国のそれなりの階級家族の凄さを幸せに、
愉しく堂々と見せてくれるからさすがだというべきであろう。
 
 テーマは“SOUND OF MUSUC"、確か’59年の映画である。
裕福なユダヤ人家族が日毎に激しくなって来た戦争から
大事な子供たちを守るため新しいナニに委ねて
子供たちを愉しく、かわいく、安全にチロル越えを決行する
実話を映画化した内容だった。
 このデザイナーがテーマに選びそうな名画だった。

 今シーズンのLE TANのコレクションは
この映画をお勉強に、まるで”衣装”とでも云い得る程の
念入りな愉しいものだった。
エンブロイダリィーやブレードを使っての、
このデザイナーが身上としているクラフトティックなこなしの巧さを
質良く、上手に生かした装飾性も上品さを漂わせる迄。
今シーズンのトレンドの切り方が知的なのであろう、
そして多分、それなりの女性は着たくなる
かわいらしさと懐かしさをも漂わせたコレクションだった。

 ショーの終わりも近いところで
OLYMPIA LE TANに散らついたのが”FETISHISM"。
ここで想いだしたのが、UNDER COVER COLLECTION。
どちらもの根底には”CHAILDHOOD & SEXY"である。
そして、”制服”。
従って、コスチュームなコレクションに仕上げた知的センス。
 所謂、”イノセントと性”なる関係性が
UNDER COVERとの共通点。
そして、日本人とフランス人の違い、男と女の違い。
こんな味わい方も出来る愉しさが在った上質なコレクションだった。

 会場に使われた館もそのアトモスフェールを巧く活かしていた。
住人の知性と感性が未だ漂い残っている世界、
知性ある趣味性によっての陳列されているコレクション群は
愉しくおおらかさを味わらせてくれた。

文責/平川武治。
初稿/’13年02月27日。

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