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出国


関西国際空港。

しかし、空港というものは、なぜこうも人を昂らせるのか。
バス停や駅などの巷のターミナルとは、明らかに異質な雰囲気がそこには漂う。

僕を乗せた南海電車は、海を跨ぐ連絡橋を渡りきり終点へと辿り着いた。
両開きのドアが開くと、赤や黄、ターコイズブルーなど色とりどりのバックパックを背負いスーツケースを転がす人々がプラットフォームへと流れ出た。
彼らにはそれぞれの行き先があり、その全てが空を通る。

出口の改札の前に立つ。
普段は気にも留めないそのなんの変哲もない機械は、僕に「あちら」と「こちら」という絶対的な空間の区切りを否応にも感じさせた。ちょうど神社で言うところの鳥居のように。
切符を差し出すと、実にオートマティックな音を立てて機械はそれを飲み込んだー。

季節外れの青いサンダルシューズで踏み出したそこは、未だ見ぬ地に想いを馳せる人々の、静かな活気に溢れていた。
正面には電車の切符売り場があり、僕とは入れ違いにこれから連絡橋を渡るであろう人たちが、やはりカラフルな荷物を手に並んでいる。
右を向くと、大きくゴシックで「Terminal」と書かれた白い文字看板が目に飛び込んでくる。
その下には、直近のフライトをリストアップした電光掲示板があり、中国人観光客らしき女性数人が熱心にそれをチェックしていた。

チェックインカウンターのある4Fへと直行する。
広大な空間に、AからGくらいまでのアルファベットが割り振られたシガービスのような形のカウンターが規則正しく並んでいる。どのカウンターも、人でごった返していた。
クリーム色の天井は高く、所々に棒でできた簡易的な風見鶏のようなものが吊り下げられており、開放的な窓からは、すっかりのぼった朝日がフロアに白く差し込んでいた。

目のちかちかする掲示板を上からなぞるように見、自分の乗るフライトを確かめる。
予定では、関空を出た後にマレーシアのクアラルンプール国際空港(以下、KLIA)へと向かい、そこで約5時間のトランジットを経た後スリランカのバンダラナイケ国際空港(以下、CMB)に飛ぶ予定だ。

空港にはしっかりと2時間前に到着したので、11時のフライトまでには余裕がある。
僕はバックパックを揺らしながら、エアアジアのチェックインカウンターへと向かった。

チェックインは、すんなりといけた。
僕の黒いdeuterには白のタグが巻かれ、ベルトコンベアーに乗せられて奥に消えていった。
女性スタッフの「旅はお一人ですか?」と言う質問に、ほんの少し緊張した。

手荷物チェックをX線に通し終えると、出国のカウンターの前に並ぶ。
なにか悪い呪いをかけられ、その一生涯において表情というものを奪われたかのような職員が、旅行者に短い質問を2.3投げかけてスタンプを押していく。
紺色の僕のパスポート、そのまっさらなページに力強く「日本国 出国」のスタンプが押される。
出国審査官の一見手荒いその所作の中に、僕は旅立つ者達への不器用な餞別の意を感じた。


カウンターの脇を通り、免税店が立ち並ぶエリアに出る。そこは、出国のスタンプが押された以上、地理的には日本国内だが形式的には日本ではないという不思議な空間だ。
金色に輝く、いかにもゴージャスな内装が人目を引くオメガではいかにも育ちの良さそうなカップルが時計を物色していた。
試しに通路に面したショーウィンドウを覗き込むと、「¥1,800,000」とあった。
18万か、案外手頃なものだなと勝手に感心していたが、よく見るとケタがもう一つ多かった。

気を取り直し、チケットに印字されたゲート番号の案内表示を目印に向かう。

僕の乗るエアアジアの赤い機体が、窓越しにじっとこちらを見ていた。その紅白のカラーリングに多少の派手さを感じつつ、ブランディング担当が黒白を選ばなかったことに感謝もした。
これから7時間ばかり、この鉄のカタマリに命を預けるのだ。そう思うと、僕もじっと彼を見つめ、「頼むぞ」と念を送らずにはいられなかった。

待合室で少し待つと、程なくして搭乗を促すアナウンスがあった。
一時の命運を共にする人たちがカウンターの前に列をなす。
僕は直ぐには列に並ばず、彼らをよくよく観察し、最後の方に搭乗した。

決められた順路を長い時間をかけてノロノロと彷徨った機体は、無事KLIAへと飛び立ち、左に緩やかに旋回しながら高度をぐんぐんと上げていく。

いつのまにか、空には鈍色の雲がどんよりと垂れ込めていた。

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