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おじさん待って【短編ホラー小説】

この夏、お盆で帰省した時のことです。

4年ぶりに帰った地元は相変わらず田舎で、無人の駅を出たら後はひたすら山と田畑とギラギラした夏空が広がっているだけ、というような場所でした。
そういう所ですから、住民の移動手段はほぼ自家用車です。
私もいつもなら家族に車で迎えに来てもらうのですが、その日は何故か当日の朝になって急に迎えに行けないと言われ、仕方なく徒歩で家まで帰ることになっていました。


駅からのびるだだっ広い道路をしばらく歩いていくと、先の方にポツンとバス停が見えてきます。
普段はほとんど誰も使わないバス停です。
しかしその日は、そのバス停に男の人がひとり立っていました。
珍しいなと思いながら近づいていくと、どうやらそこに立っているのは、馴染みのミキちゃんのお父さんでした。

小さい頃からよく知っているおじさんなので、見間違えることはありません。
真っ青な空の下、おじさんはまっすぐ前を見て荷物も持たずに立っています。
このとき「どうしたんだろう、家の車じゃなくバスなんて」と少し不思議に思いました。

「おじさーん!お久しぶりですー!」

私は手を振りながら、大声で呼びかけました。
しかし、おじさんは全く気づく様子がありません。
100mほど離れていましたが、それでも周りはセミの声くらいしか聞こえませんから、私の声は届いているはずです。

「なんだろう。何か様子がおかしい気がする」
薄ら嫌な感じがし始めて、私は知らず知らず小走りになりながらおじさんの方へ向かっていきました。
あと30m、10m…近づくにつれ、おじさんの様子が明らかにおかしい事が見て取れました。

おじさんは真っ直ぐに立って、酷く深刻な暗い顔で道路の向こう側の山に入る道を見つめながら、ずっと何か喋り続けているのです。

目線は一点を見据えたまま。走り寄っていく私の方には見向きもしません。
心配になること以上に、あまりにも普通ではないその様子に恐ろしさを感じ、私はおじさんから2mほど離れたところまで来て立ち止まってしまいました。

しばらく様子を伺っていると、どうやらおじさんは低い声でずっと同じ言葉を繰り返しているらしいと気づきました。
不明瞭ですが、口の動きを読みながら聞き耳を立てると、だんだん分かってきます。

「おかしいおかしい違うダメだおかしいおかしいダメだ違う違うおかしいダメだおかしいおかしい」
そう繰り返していました。

ゆっくり前に回って視界に入ってみても、おじさんの眼球は前を見たまま動きません。
その目線の先を見てもただ山道があるばかりで、何の答えもわかりません。

これでは埒が明かないと思い、私はもう一度声をかけてみることにしました。

「あの…、ミキちゃんのおじさん、こんにちは!」
恐ろしさを吹き飛ばすために、なるべく明るい調子で言いました。

するとおじさんは、まるで私のその声をキッカケにしたかのように突然スタスタスタスタスタっと歩き出し、そのまままっすぐ道路を突っ切ってズンズン山道へと入っていったのです。
私は咄嗟に引き止めないといけない気がして、後を追いかけました。

山道は舗装もされず草も茂っていて、その上かなり急な上り坂なのですが、おじさんはすごい速さでどんどん、どんどん進んでいきます。
まるで何かに引っ張られているかのように、機械的にスタスタと調子を崩すことなく山の奥へ奥へと入っていくのです。

私は大きな荷物を持っていたこともあり、なかなか追いつくことが出来ませんでした。
「おじさん!待って!」と言っても一切立ち止まること無く険しい道をかき分けて進んでいくので、私は必死で追いかけました。喉が乾ききって、息をする度に掠れた笛のような音が鳴りました。進めようとする脚の力が抜けて、道にへたり込みそうになります。

おじさんは私からどんどん離れていき、もうほとんど道がなくなってきたあたりで崖に足をかけて生い茂る木々の中に入っていってしまいました。
そこでとうとう完全に見失ったのです。

私は、状況が整理できないながらも、とりあえず今すぐミキちゃんにこの事を知らせようと思い、山を降りてミキちゃんの家に電話をかけました。

電話に出たのは、おじさんでした。

「久しぶりだねぇ、どうしたの」
聞き慣れた、明るい声でした。

私は一瞬戸惑ったものの「なんだ、さっき見たのはおじさんじゃなかったのか」と安堵する気持ちが湧いてきて、そのまま吐き出すように一部始終を話しました。
すると、おじさんは黙って全てを聞いたあと、その件には触れずに「今から車で迎えに行ってあげよう。そこで待ってなさい」と言い、私の返事も聞かずに電話を切りました。

言われるがまま待っているとすぐに車が来て、中からさっきの人と全く同じ顔のおじさんが降りてきました。
「なにか見たようだけど、そういうのは誰にも言わず忘れてしまいなさい」

私をじっと見て話すその顔を見ながら「あれ?おじさんて、こんな顔だったっけ?」と思いました。

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