ラブ&マーシー 終わらないメロディー〜ビーチ・ボーイズとブライアン・ウィルソンの物語
『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(LOVE&MERCY/2015年)
1982年11月、ビーチ・ボーイズのメンバーから「解雇」を言い渡されたブライアン・ウィルソンは、その言葉がしばらく理解できなかった。
「ビーチ・ボーイズを創ったのは僕なんだぞ!」と叫んでも、ドラッグやアルコールに溺れた退廃的な生活のせいで、遂に体重150キロ以上にまで達した彼の姿は、まるでグッドイヤーの飛行船のような身体だった。
バンドが稼いだ金を引き続き得るためには、精神分析医のユージン・ランディに診てもらうことが条件と告げられる。選択肢などない。しかし、それは延々と監視される中での薬漬けの地獄のような日々の始まりでもあった……。
映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(LOVE&MERCY/2015年)は、そんなブライアン・ウィルソンの監視された1980年代と、『ペット・サウンズ』や『スマイル』といった“本物の音楽”の創造に取り組む1960年代の姿が描かれた、すべての音楽/ロックファン必見の物語。
一人の人物を二人の役者が競演しているのも見どころで、60年代のブライアンを演じるのはポール・ダノ。80年代を演じるのはジョン・キューザック。監督は『ペット・サウンズ』を聴きまくっていたというビル・ポーラッド。
ところで、ビーチ・ボーイズと言えば、“夏のサウンドトラック”として思い浮かべる人が多いと思う。そこにはサーフィン、車、女の子、海、ビーチ、青い空といった風景が流れ、音楽も太陽の陽射しのように明るい。
実際に1962年のデビューから4年間、ビーチ・ボーイズはヒット曲を量産して、同時代のバンドと比べても驚異的なペースで、12枚ものアルバムをリリースした。そのほとんどがブライアンの曲であり、プロデュース作だった。
「Surfer Girl」「Fun, Fun, Fun」「I Get Around」「Don't Worry Baby」「All Summer Long」「Help Me, Rhonda」 「California Girls」などは、数多くのアーティストにカバーされるだけでなく、1960年代前半が舞台の青春映画では必ず流れるハーモニーとして、知らない人はいないだろう。
そんな人気の頂点に立っても、ブライアンの心は決して満たされていなかった。自分がやりたいのは自己の内面と向き合った葛藤の表現、もっと“芸術的メランコリー”とも言える新しい音楽だった。
そしてフィル・スペクターやビートルズといったライバルたちの革新的な作品を超えるべく、ブライアンは作曲とスタジオ活動に専念するようになる。もうツアーには出ない。「びっくりするような曲を作ってみせる」とメンバーたちに約束する。
一流のスタジオミュージシャンを集め、レコーディングを開始するブライアン。頭の中に響く音楽を具現化するために、突拍子もない指示を繰り返すが、次第に理解されて、誰もがその新しい音楽の完成に一丸となっていく。
今までのビーチ・ボーイズとは違う世界観にメンバーの反感も買うが、「God Only Knows」「Caroline, No」を収録した、ロック史上に輝く最重要作『ペット・サウンズ』は、1966年5月に世に放たれた。
だが、当時は批判の方が多く、レコード会社は“夏のサウンドトラック”を求めていた(この頃の「Good Vibrations」は大ヒットするが)。
美しいもの、滅びゆくものの儚さは、1966年にはまだ早すぎたのだ。傷ついたブライアンは、続く『スマイル』で更なる創造を試みようとする。しかし、それは完成することはなかった。精神の崩壊によって。
映画は父親からの暴力に怯えていた少年時代、デニスやカールといった兄弟の絆、豪邸でのパーティや結婚生活、スタジオでの名曲誕生の光景などが綴られる中、1980年代半ばの監視生活も同時進行していく。
弟デニスの死から立ち直れず、ランディの存在に怯えながらも、ふと立ち寄った車の販売店で出逢う、メリンダという女性と恋に落ちるブライアン。彼女の献身的な愛に支えられて、20年近く閉じこもり続けた、暗く冷たい心の部屋からチェックアウトする時が遂にやって来る……。
ブライアンは1988年7月に初ソロ作『Brian Wilson』で復活。これは「Love and Mercy」という曲で始まるが、映画の最後の最後に、素敵なプレゼントに心打たれてしまった。
文/中野充浩
参考/『ブライアン・ウィルソン自叙伝』(中山康樹監修/径書房)
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