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日向坂46上村ひなのは完成された原石

日向坂46の最年少(2020年11月現在)上村ひなのさん(以下敬称略)の今についてのブログです。

最近、表情が増えた?

そもそもお顔が良いということは前提で。直近何となく「いろんな表情の上村ひなの」をみる機会が増えたのではないでしょうか?きっかけはやっぱり三期生の仲間が増えたから、、?と見てしまいがちなんですが、そこは本人によって語られているわけではないので本当のところはわかりません。ただ、それでもやっぱり「これまで相当に気を張って活動してきたんだろうなぁ」ということ自体は想像してしまいますよね。

まだ安定しているとは言い難い状態のひらがなけやき(現日向坂)にたった1人配属する運営の勇気(?)に、彼女自身が見事に応え正解にしてくれたという表現が適切なのではないでしょうか。こんな状況でも彼女の口から発せられる言葉は不平不満ではなく、「先輩がお優しくて、寂しがる時間がありませんでした」という感謝の言葉たち。2019のひなくりで見せた『一番好きだとみんなに言っていた小説のタイトルを思い出せない』は「言い訳を一切見せずに今の自分をやり切ろうとする力」で満たされていて、観客の心に刺さる彼女らしいパフォーマンスでした。

完成された原石

セルフDocumentary of 日向坂46』での一コマなのですが、彼女は自分自身がアイドルに向いているとは思っていないそうです。同時にそれはネガティブな意味ではなく、新しいアイドル像を表現するチャンスだと。率直に、何故この年齢でこんなに達観した視座が持てるのか謎でしかありません。彼女のキャッチフレーズといえばおなじみ「いつでもどこでも変化球」ですが、これはまずアイドルとしての直球とはどういうものか?ということが正確にイメージできていなければできないこと。

自分は直球の才には恵まれていないことを自覚し、相対的な俯瞰の視点で自分の強みは何かを捉え直せること。このふたつを駆使して目標に向かって前向きに取り組み続けられること。全てが素晴らしいのですが、それを初手から今に至るまでブレないキャッチフレーズに落とし込んで、世に出ていること。坂道の現人神こと白石麻衣さんも初期は「四次元から来たマヨラー星人」を掲げていましたが今となってはそれも面白みですし、アイドルという職業自体がそもそも「荒削りな部分を見せながら成長を楽しんでいくもの」とも言えます。

型があるから型破り。
型が無ければ、それは形無し

こちらは18代目中村勘三郎さんのお言葉として有名なものです。歌舞伎とアイドルはステージごと異なる話だとは思いますが、それだけ含有がある名言だと言うことで引用させてもらいました。彼女の型とはビジネスパーソン(現在高校生ですが、、)としての基礎的態度なのではないかと言う話です。

(処世術と書くとテクニックのようですが)先輩に対する礼儀や言葉遣いなど普段の態度や精神性が安定して積み上げられているからこそ、トリッキーな立ち回りが活きると言えるのではないでしょうか。

ホーム番組「ひらがな推し(現・日向坂で会いましょう)」で、初登場時にキャッチフレーズを披露した際、番組MCのオードリー若林が少しだけ(本当に少し)失笑気味に「変化球、、?」と笑っていたことが印象的です。彼女の年齢やテレビの経験と、掲げたキャッチフレーズの難易度を照らし合わせるとその反応の方むしろ妥当で、若干15才(当時)の少女が今もぶれないキャッチフレーズをこの場に持ち込んでいることがむしろ規格外の完成度と言えるのではないでしょうか。

もともと、表情を持っていた?

サムネイルとリンク先の写真の表情、、果たして同じ人なのか、、。

個人的に「観るたびに顔が違う人」がとても好きで、日向坂のメンバーでは齊藤京子さんもその部類に入ります。写真を観るたびに別人の様に見えると、無意識にあるかどうかもわからない本当の顔を探してしまい、そのミステリアスさに心を奪われる自分がいます。もともと素養、素材としての振り幅が大きいひなのが、ここへきて年齢相応の豊かな表情も見せるようになってきた。本当に未来が楽しみな存在で彼女の今後の成長譚が楽しみです。

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