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おばあちゃんの戦争の話

空が青く、日差しに暑さを感じるような日の事だ。

ベランダでは洗濯物がゆれている。

祖母が家事を片づけている間、孫の私はただ付いて回っているような子供だった。

かまって欲しさでうろうろしているだけなので

「ベッドにシーツかけるから、奥の角押さえててね」

そう言われるとそそくさとベッドを乗り越え

壁とベッドの狭い隙間に入り込んで、渡されたシーツの端を両手で押さえつけた。

反対の角でシーツをふわりと膨らませると

次の瞬間には「パンッ!」と音を立ててシワなくシーツが広がっている。

「戦争の時はね、毎日こうして風船爆弾を作ってたのよ」

シーツを変える時、祖母の戦争の話が始まる。


兵器工場の女学生

祖母は戦争の話はあまり多くはしなかった

亡くなった後、祖母の妹さんにお話を伺った所

「姉ちゃんは軍学校に行ってたの、男の子ばっかりの学校よ。」

「とっても頭がよかったんだから、女の子はほとんどいなかったの」

そんな事情があったのか、ただ女学生が集められただけだったのかは分からないのですが

出身地の群馬県、風船爆弾という兵器を作る工場で働いていたそうだ。

こんにゃくを使って強度を高めた風船を作り

爆弾を付けて空に浮かべる。

それは風に乗って太平洋を渡って、アメリカに落ちて爆発する。

標的なく、ただ風任せでどこで爆発するかわからない爆弾を運ぶ兵器。

「完成した風船爆弾を浮かべる時、工場の女学生みんなで海まで行ってね

砂浜で風船が膨らんで空に飛んでいくのを見てたの。」


しばらくして、ニュースで風船爆弾で死者が出たことを聞いた。


「アメリカの子供がね、転がってる風船爆弾に何も知らずに近づいて

爆発して死んでしまったの。

私が関わっている爆弾で、私が作った物ではないかもしれないけど

それでも小さい子供が死んでしまった。

私は人を殺してしまったんだって、今でもずっと心に残っている」


そして祖母と孫の話

「つまりその風船に掴まっていけば、アメリカまで飛んでいけるの?」

正直よくわかっていない孫は、空飛ぶ風船の方にしか興味がなかった

「遠いし何日かかるかわからないから、飛行機に乗る方がいいわ」

そしてベッドメイクを終えた祖母は、家事の続きをするために部屋をでて

相変わらず孫はその後ろをついて回って行くのだった。


家事の合間によく歌謡曲や軍歌を歌う、祖母の戦争の話。

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