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【フィールドノート】取手滞在14〜15日目|2024.9.2-3|阿部健一

9/2(月)

仕事が終わり、取手へ。17:30くらいに職場を出ると大体18:45くらいに取手駅につく。別の仕事でいろいろなものを発注していて、それが続々と自宅に届くので、都内の仕事との兼ね合いだけでなく荷物の受け取りとの兼ね合いも出てきて落ち着いて取手に滞在する時間がなかなか取れていないけれど、一定の時間過ごせそうなタイミングでは極力取手に帰っている。

この日は20時から1件、21時から1件それぞれオンラインの打ち合わせがあったのでそれに間に合うように帰宅する必要があった。
いま団地の部屋には食材がないので、翌朝の朝ごはん用にアトレ1Fのヴィデフランスで3割引になったパンを買った。「エコタイム」という看板が出ていて、ほとんど売り切れていた。ヴィデフランスの隣にあるわくわく広場にも立ち寄ったが、お弁当類はほとんど売り切れていたので何も買わなかった。わくわく広場、田舎の道の駅のような風情がある。

数日前、シャワーを浴びていたら石鹸がすべって浴槽の下に入り込んで取り出せなくなってしまったので、西友で石鹸も買う。1個だけでは売っていなくて3個セットの牛乳石鹸(赤)を買った。
団地のお風呂は、おそらく昔はバランス釜が置かれていたんだと思う。元々あった浴槽を外して、いまは上から電気管理のお風呂が据えられている。後付けだからか、配電関係も壁のなかではなく浴室内を見えるかたちで這っている。見える配線やダクトは地味に井野団地室内の大きな特徴だ。しかしそれによって生まれた床と浴槽の隙間は手出しができなくなっている。
何かが落ちてしまったとき、他のひとはどうしているんだろう。

食事を済ませて帰ろうと思い、駅前のカレー屋「ハリオン」に入った。むらこ志家の隣、駅前の一等地に立っている。店内にはスーツ姿の若い男性4人組と、ネパールかインドらしき男性客1人がいた。
インドカレー屋あるあるで昼間は安いけど夜はそれなりの値段。ダブルカレーセットを注文した。味は、よくあるネパールカレー屋さんの味だった。ある種の安心感はある。だがアチャールとして乗っていたのがほぼペーストの何かで、そこだけは知っているアチャールと違った。

先日、駅の東口でも見て気になっていたが、ハリオンの店内にも「取手っていいとも」のポスターが貼られてる。笑っていいとも!の青年隊(何をしていたひとびと?)だった人がプロデュースしているイベントらしい。9/14(土)にウェルネスプラザで開催される。TAP2005で使われた学生寮とはらっぱがあった場所だ。
いろいろ音楽やパフォーマンスがあるらしいが、ジャンルとしては地域のお祭りのようなもので既視感がある。でも、大人もこどもも楽しめて大勢が集まるイベントはひとつの「正義」だ。
「地域を盛り上げる」って一体なんなんだろう。だれが、どうなったら盛り上がったことになるのか。そこに展望と切実さがあるかないかで「盛り上げ」「賑わい」ということばの奥行きはずいぶん変わるなあと思う。

と偉そうなことをいっているお前は何をやっているんだ? 具体的にオリジナルな提案を持っているのか?とも思う。住民参加のまちづくりの研究室に在籍していたことで、まちづくりに関して数字偏重の賑わい主義を考え直そうよという考え方にコロナ前の2018年くらいから親しんでいて、それが思考の前提のようにすらなっている。「それだけじゃないよね」と言うだけなら決して難しくない。じゃあどんなオルタナティブがいいのか。具体的なフィールドで実践するか、セオリーを積み上げるのか。違和感の表明のその先に行かなければということを言い聞かせながらカレー屋を出て、19:45発のバスに乗る。

井野団地へ行くバスにはたくさんの人が乗っている。井野団地の「ショッピングセンター」バス停で、背広姿の人や若い女性など5人くらいが下車した。しばらくは列をなして歩いたが、私以外の全員が団地と反対側の住宅地に入っていった。団地に帰っていったのは自分ひとりだった。

帰宅したのは20時。30分くらい電話打ち合わせをし、21時から23時30分くらいまでZoomミーティング。もともと少し寝不足で、朝から夕方まで仕事をしての取手なのである種の緊張感で全身がこわばっている。こういうときには大事な決定をしたり、やたら喋ることのないようにしたほうがいいのだけど。疲れがたまって自分の創造性が低下しているのを感じる。でも疲れのない佳境なんてないのだから、いくらか余裕があったときに積み上げたコンセプトやビジョンを信用するしかないんだろうと思う。

0時前にシャワーを浴びる。網戸のない窓からカメムシが入ってくる。外に直結しているのだから当然だ。追い出しきれず、見失う。
ミスターマックスで買ってあったハイボールを飲んで眠る。

9/3(火)

8時に起きていつものコインランドリーへ。一回500円の洗濯機に衣類を詰め込む。テーブルにカゴがたくさん並んでいて、その中には洗濯物がたたまれて入っていた。カゴは、5つか6つか、けっこうたくさん並んでいた。代わりに乾燥機にかけるだけでなく畳むところまでやるとなると、もうクリーニング屋じゃないか。
先日見かけた年配夫婦の奥さんと、年下の女性たちが談笑していた。みんなスタッフのようだから、けっこう多くの人がこのランドリーで働いているようだ。

洗濯が終わるのを向かいのローソンのイートインコーナーで待つ。いつからローソンのアイスコーヒーは、その場でカップに店員さんが氷をそそぐかたちになったのだろう。
窓際でコーヒーを飲んでいると70代半ばくらいの、赤いポロシャツを着たおじいさんがこちらに近づいてきて、スマホを見せながら話しかけてきた。
「すみません。わたしマッチングアプリをやってるんですけどね。これは、カードで払えますか」
見せられたのはなにかの決済についての説明画面で、カードでは払えないからなんとかかんとかと書いてあったが、それだけでは何もわからなかったので素直に「これだけではわかりませんね」と答えた。
「そうですか」といって、おじいさんは外に出ていった。

洗濯物を回収して団地に帰る。田んぼのお米は緑から黄金色に変わってきた。8月半ばとは匂いも変わってきたような気がする。

5階の部屋で昼過ぎまでデスクワーク。
13時過ぎ、スーパーのマスダにお弁当を買いに行く。前に立ち寄ったときと同様イカのお寿司だけやたら安い。この安定したヤリイカの仕入れはなんなんだろう。そういえばのぶえさんもよくイカのお寿司を食べている。
悩んで、お寿司の詰め合わせと和惣菜を買った。

14時から取手とは関係のない現場のオンラインミーティング。懸案事項が動き始めてよかったよかった。

ミーティングを終え、16時くらいに団地を出た。この日はこのミーティング以外予定がなかったので本当は朝から外に出たかったけれど、そうはいかずこの時間に。メールを返したり調べ物をしたり、ぱっぱっとやっているつもりでも2時間3時間は過ぎる。当たり前だ。複数の現場&職場を並行するコツを自分はいつまでもつかめない。
それにこの暑さではぶらぶら外に出るにも限界があるなあと思う。暑さが年々厳しくなってきているし、まちを歩きまくっていた20代後半よりも自分の限界を意識するようにもなってきた。夕方とか朝とか、そういう動き方が結果的にはちょうどよいのかもしれない。
意識を、フィールドワークモードに切り替える。

仕事というより趣味のバイノーラルマイク(耳の位置で録音する立体レコーディング)を持って出た。そんな瞬間があったことすら記憶されない、消えていく瞬間を保存することに強い関心がある。
団地の部屋を出て、レコーディングをしながらいこいーの+Tappinoの近くのベンチまで歩く。イヤホンでの視聴推奨。

*  *  *

この日は、井野団地とその周辺で過ごしながらサンセルフホテルのことばを追いかけたいと思っていた。手元には、サンセルフホテル終了後にTAP事務局が関係者に尋ねていったことばの記録があった。レコーディングを止めてベンチに腰掛け、資料を読み進める。ときおり年配のひとが前を通る。多くはひとりだ。
17時になりサイレンが鳴った。再び手元のレコーダーを回す。

30分くらいベンチに座って読んでいたが日が暮れて蚊が多くなってきたので資料をしまって歩き出す。
仕事の関係で都内に帰らなければならないが、決まった時間があるわけではなかったため迷子のように散歩をすることにした。まだ行ったことのない、常磐線の踏切の向こう側に行ってみることにした。渡ったところにパン屋さんがあるのをグーグルマップで確認していたので実際の様子を見たいとも思った。

パン屋さんはちょうど閉店作業中だった。カンカンカンとサイレンが鳴り、いま渡ってきた踏切の遮断機が降りた。なんとなく常磐線が通過するのを待つ。しかし1分近く経っても来ない。もういいかと思ったとき金属をきしませながら藤代方面に向かって電車が通過した。あの異常に長いバッファはなんだったんだろう。常磐線では普通のことなんだろうか。

地理が頭に入っていない線路の北側を漠然とした方向感覚で歩く。早く着くとか、この場所へ行くといった目的がないので、道は調べない。目的に向かって最適な行動をすることに慣れた状態では、空間と自分のあいだに地図が介入してこないのは健康的だ。坂道、ヤブ。頭のなかの方向感覚だけで歩くとき意識は少しずつすっきりしてくる。

坂を登り切ったところには「井野台こども広場」と書かれた空地があった。看板から坂をくだったところが広場になっているが、草が伸びきっていた。これじゃ遊べないだろう、草刈りが追いついていないんじゃないか、というのは無粋だ。取手では人間と自然の緊張関係にたびたび出くわす。ジル・クレマンの『動いている庭』を読んでから、「荒れている」という状態を魅力的に思えるようになった。荒れ地は、自然が最適化されていく過程であって「荒れている」というのは人間の都合でしかないのだという。彼は、荒れ地が生み出されていく力を誘導することで庭づくりをしている。そんなラジカル・ガーデニング・スタイルも痺れる。

道なりに進み左方向に折れると井野台公園という小さな公園に出た。相当古いコンクリ遊具が置かれている。大人の身長ではとても入れないし、入っても出た先は数十センチの雑草が茂っている。夏場だからこんなに草が伸びているけれど、なんとなくここは近所のこどもに愛されている気がした。

このあたりは井野台という地域のようだ。団地のある坂下と比べると少し古くからある住宅地のように見える。お屋敷と呼んで差し支えない規模の家がポツポツあるし、そうでなくても年季の入った建物が多い。道のつくりもなんとなく農道のなごりに感じられる。

そう思いながら歩くと巨大な土地が分割されて売られていた。ここも、もとはお屋敷か農地があったんだろうか。新しい家が立ち、世帯が越してくるということは端的に人口が増えることを意味する。でも、取手市の人口はある年をピークに減少していると見た気がする。増えている場所があるのに総数として減っているとしたらどこかが減っているということ。団地の静けさを思い出す。
やみくもに新しい建物をつくらずすでにあるものを再利用できればいいと思うけど、それでは不動産は商売にならないし、新築を建てる舞台というのも取手市の性格のひとつなんだろう。でも自分が暮らすとしたら、住環境が土地の歴史と何かしら関わりを持ったものであってほしいとは思うのだけど。

急な坂をくだり国道に出る。車はたくさん走っているが誰も歩いていない。
カレー屋さんのクマリを通り過ぎると「東京まで39km」という看板があった。近いのか遠いのかよくわからない。見覚えのあるガストを曲がると駅についた。

すぐに電車に乗らずロッテリアに入ってみる。電車でもパソコンを広げてメールを返したりこういうものを書いたりできなくはないけれど、揺れる車内でできることはそんなに多くない。お昼が軽かったのでお腹も空いていた。
平日の18時頃、都内のマクドナルドだったら大混雑している時間帯だがロッテリアは落ち着いていた。ビバにいるたくさんの中高生たちは、ここにはいないみたいだ。
本当はフィールドノートを落ち着いて書きたかったけれど、近々発注する印刷物の値段比較に追われてあまり手が回らなかった。

19時半に退店。都内に帰りながら取手での過ごし方を考える。9月5日の金曜日は時間が取れるはずだ。コインランドリーの向こうに広がる田んぼゾーンに行ってみたいし、常総線に乗って戸頭にも行ったほうがいい。TAPの記録集を見返し、ゆかりの土地を軸に移動するようなかたちか。できれば次のできるだけ地図を見ず、いま手元にある土地勘だけで移動をしてみたい。

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