新米メイドは男装令嬢のお気に入り(17)
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第17話 今夜は早めにお休みください
「それじゃあ後はよろしく頼んだよ、フランツ」
「はい。お任せください、先輩!」
生徒会長の引き継ぎ式。この学園では代々、一年生の成績トップと次点の二人が生徒会長と副会長となるので、来年は私が会長でミランダが副会長だ。二年生の卒業式が近くなったので本日をもって二年生の先輩方は生徒会の業務を終了し、しばらくは我々だけで運営することになる。最初の大きなイベントは卒業式とその後の卒業パーティーだ。王宮主催の狩猟大会や魔物事件などなど、ここ数ヶ月はイベントが目白押しで若干疲れているが……卒業に関わるこの二つは先輩方の記念になるイベントだから、必ず成功させなければならない。
「大丈夫か、フランツ? 疲れが顔に出ているぞ」
「ああ、これぐらい大丈夫だ。最近色々あったからな……しかし卒業パーティーが終われば入学式までは時間がある。なんとか乗り切れるさ」
「私の方はまだ余力があるから、少し仕事を回してくれても大丈夫だぞ」
ミランダはそう言ってくれたが、もう既に彼女には多くの仕事を回してしまっている。狩猟大会の時はパトリシアのことで取り乱してミランダに大部分の作業を押し付けてしまったし、卒業パーティーも彼女が手配してくれていることは多い。僕が何も言わなくてもサポートしてくれているので、お前には感謝しているよ。
もう一つ神経をすり減らしている要因……それは婚約者のことだ。以前、『急ぐ必要はない』とミランダには言ったが、卒業パーティー時に僕が婚約者を発表するのではないか、と期待する声が嫌でも耳に入ってくる。兄上のことは尊敬しているが、余計な前例を作ってしまったことについてだけは本当に恨めしい。自らの名誉のために言っておくが、僕だって別にモテないわけではないんだよ。学園にいれば女子たちからキャーキャー言われるぐらいの存在ではある。それが王子だからなのか、自分自身の魅力からなのかは論じないにしても、婚約者を決めたければすぐに決められるだろう……多分。ただミランダと言う特殊な例が側にいるせいか、いわゆる普通の令嬢にどう接すればいいのか迷うことが多々ある。
幼馴染で男装のミランダとは、話も良く合うし冗談も言い合える。一緒にいると安心できる存在だし、ひょっとして僕は彼女のことが好きなのか? と考えたこともあるが、ミランダに対する感情は男女の愛情とはまた違っていると思う。妹のパトリシアは可愛いし大切だが、似たようなタイプの令嬢にときめくかと言うとそうでもなく……自分は本当に女性を好きになれるのかすら分からなくなってきた。もうお見合いでも政略結婚でも、なんでもいいから身を固めた方がいいのだろうか?
──また余計なことを考えてしまっているな……
学園から王宮に戻り、雑念に惑わされている自分に嫌悪しながらパトリシアの部屋へと向かう。卒業パーティーに彼女も出席するかの確認と、新入生を対象にした研修について要望を聞くためだ。部屋の近くまで行くと、中からパトリシアが楽しそうに笑っている声。以前から妹は明るい性格だったが、最近は特に楽しそうにしているな。
「入るぞ、パトリシア」
「どうぞ!」
部屋に入るとパトリシアの対面にはメイドが座っていて、私の姿を見るとゆっくりと立ち上がり頭を下げた。優しい笑顔で落ち着いた雰囲気の女性……パトリシアのお喋りに付き合わされているのか?
「お兄様、こちらがマリオンです!」
「ああ、君が! 先日はパトリシアを助けてくれたそうだね。直接会って、僕からも礼を言いたいと思っていたところさ」
「有り難うございます、フランツ様。偶然パトリシア様をお助けする形になっただけですので、お気遣いなく。パトリシア様、それではこの辺で失礼致しますね」
「えーっ、もうちょっといいじゃない。お兄様、マリオンが一緒でも問題ないですよね?」
「ああ、構わない。学園のことだから、むしろ一緒に聞いておいてもらった方がいいかもな」
研修についてはこちらが計画している内容で特に問題はないとのこと。研修と言っても皆の顔合わせと学内の案内がメインだからな。卒業パーティーはパトリシアも出席してくれる予定だそうだ。
「マリオンは出ないの?」
「私はメイドとしてお手伝いさせて頂きます。沢山人手が必要だそうですので」
「そっかー。一緒が良かったなー」
「彼女も仕事だから仕方ないだろう? 今もお前のお喋りに付き合ってくれてるんじゃないのか?」
「そんなことはありませんよ。今日はお借りしていた本を返しに参りました」
「私だって彼女の役に立ちたいから、やることはやってるんです!」
「ハハハ、そうか。そう怒るなよ。では、僕はそろそろ戻るとしよう。邪魔して悪かったな」
そう言って部屋を出ていこうとすると、さっきから僕の様子を見つめていたマリオン嬢に呼び止められた。
「あの、フランツ様。首筋から背中にかけて強張った様な感触がありませんか?」
「ん? ああ、確かに。ここの所忙しくて根を詰めていたからね。でも大丈夫だ、これぐらい放っておけばその内治るから」
「いけませんよ、放っておくと頭痛や目眩の原因にもなりますし、血の巡りが悪いのは万病の元なんです。よろしければほぐして差しあげますが」
「マリオンがお兄様にそこまでしなくていいのよ。すぐ治るって本人も言ってるんだし」
「でも、パトリシア様の大事なお兄様ですから」
そう言われて何かブツブツ言っていたパトリシアを余所に、僕に椅子を勧めたマリオン。彼女は領地で男性、それも傭兵などに囲まれた生活をしていたため、彼らに良く施術をしていたそうだ。その方法はどうやら母親から習ったらしい。
「失礼します。痛かったら仰ってくださいね」
「ああ」
本当に治るのか半信半疑で彼女の施術に身を任せる。彼女の力加減は絶妙で、若干痛いもののじんわり体の芯に届く心地良さがある。そう言った箇所を狙って指で押さえたり揉みほぐしたりしている様だ。彼女は僕の腕を持ち上げたり首を傾けたりもし、その度にボキッと大きな音がなり、骨が折れたのではと錯覚する。しかしちょっとした痛みの後、急に肩や首筋が軽くなった感覚があり、何より運動した後の様に体が熱く、自然に背筋が伸びる様に思えた。
「いかがですか?」
「おお……おおっ! こんなにも違うものなのか!? 体が軽いし痛みもない!」
肩を回してみると、何のひっかかりもなくグルグルと回せる。これなら一晩中でも仕事を続けられそうだ!
「これで今夜はまだまだ作業ができそうだ」
「あまり無理はなさらずに。痛みは取れたかも知れませんが、疲れは残っているものなので今夜は早めにお休みください。温かいミルクなど召し上がると、きっと良く眠れますよ」
「ほら、マリオンもそう言ってることだし、お兄様もたまには早く寝てください。今お兄様が倒れてしまったら、お姉様が苦労されますから!」
「そうだな……折角だから、今日は君の意見を尊重するとしよう」
彼女の手を取るとまたニコリと優しく微笑む。ドキッとして彼女から目が離せないでいると、パトリシアに背中を押されて部屋から追い出されてしまった。
「お兄様、ちょっと体をほぐしてもらったぐらいでマリオンに好意を寄せたりしないでくださいよ!」
「わ、分かっている!」
「では、部屋に戻って早くお休みください!」
念を押された後、バタンッと扉も閉められた……我が妹ながら鋭いな。扉の前でフッと自嘲する様に笑ってから自分の部屋に戻ることに。背中の辺りがポカポカしていて少し眠気も感じている。確かに彼女の言う通り、これなら良く眠れそうだな。ちょうど効率が悪いと思っていたところだし、今日は作業を打ち切るとしようか。勧めてもらったホットミルクでも飲んで、早々にベッドに入るとしよう。
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