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20歳の夏休み全部使って日本一周してみて

はいはいはい、大変長らくお待たせいたしました(誰も待っていない)。書くと言ってから数週間が経ち、書かねばと思いながら夏休みが明け、やっと書き始めた頃には大学の秋学期が始まっていました。どんなことを書こうかは次から次へと思いつくのですが、なんとなく何も考えずに、バイト先と家とを行き来する生活にnoteを書く余裕を見つけられずに、ここまで来てしまいました。しかし、大まかにこんなことは書こうと箇条書きにして考えていますので、以下の目次に沿って、それぞれの話題を深堀していく形で書き残していきたいと思います。

まずは

2021年8月1日から2021年9月8日にかけて実施した、この旅行は僕にとっては大きな挑戦でした。もし途中で何らかの理由で中断することようなことがあっても、それは甘んじて受け入れるつもりで出発したのを覚えています。行こうと思い立った理由などは、この「20歳の夏休み全部使って日本一周してみたシリーズ」の最初の投稿を見てもらえれば、詳しくわかると思います。明確な理由を、最初に形あるものにしておかないと、並大抵の心持ちでは日本一周を完遂できないと思いまして、自分の誕生日の日に合わせて、しっかり書き残したことは今でも覚えています。

9月8日、東京駅に戻ってきて最初に抱いたのは、無事に一周して帰ってきた自分を褒め称えたい気持ちと、この旅に関わってくれた全ての人に感謝を伝えたい気持ちでした。日本一周の総括として、どんなことから書き始めようかと考えたのですが、実はnoteを書き始めてから3か月以上経ちますが、一度もまともな自己紹介をしたことのないので、今更ながらまずは、自己紹介を書きたいと思います。その後、しっかり日本一周のことも書きますよ。

自己紹介

クリエイター名の「aka_not_ao」は自分の名前をモジっただけなので、直訳した意味である「赤は青ではない」という、些か哲学気味た印象でも抱いてくれれば、それ以上に特に拘りなどはないです。今は20歳、大学2年生で理系です。大学では土木について学んでいます。好きなゲームはPokémon GOで、好きなコンビニスイーツはローソンのもちぷよです。以下、クソ長い自分語りが始まりますが、今に始まった話じゃないので、我慢して読んでくれると嬉しいです。

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高校は中高一貫の男子校出身です。奇人変人の集団ですので、昼休みや放課後は廊下や図書館で人間観察をしていれば無限に時間がつぶせます(僕もそんな観察対象の一人としては面白い人間かもしれません、しれませんというか多分そうです)。そんな個性溢れる愉快な友達は大学生になっても、ねじの外れた行動力と常識知らずの捻くれた感性で、この飽きない付き合いは一生続くものだろうと思われます。

大学はいわゆる「土木学科」というところにいるのですが、一つ言いたいのは理系で土木を選ぶ時点で、普通の理系の人間とは、ちょっぴり異なった特殊な感性の持ち主であることは確かなことかもしれません(もちろん僕もその中の一人です)ということです。理系の学部には、情報理工や応用化学など、もっと理系っぽいことを学べる環境があるのに、土木?!って感じですよね。自分で言うのもあれですけど。あくまで個人の感想です。

高校生の頃から、「大学生になったら、旅行に行きたい」という漠然過ぎてお話にならないくらいの小さな夢みたいのがありまして、実際バイトで稼いだ自分のお金で行きたいとこに行くという経験を一度してしまいますと、何か中毒的な楽しさに味を占め、大学1年生の夏から日本全国のいろんなところを訪れるようになりました。また、せっかくなら楽しく旅行したいと、観光地について自ら勉強し始めたのが、大学1年の秋から冬にかけてです。2020年の12月には「国内旅行地理検定 中級編」という、別に知名度もそこまでない検定に挑戦し、一部大学の勉強が疎かになることはありながらも(フル単は最低限確保しました)、全国どこの地名を言われても、すぐに簡単な旅程の提案ができるほどの知識量を手に入れることができました。

Youtuberのスーツさんは今の僕を語る上で欠かせない存在です。鉄道旅行の面白さやこれから書こうと思う「若さ」の大切さについて教えてくれたのも、全て彼がアップロードしている数千本に及ぶ動画でした。僕の青春の使い方を有意義なものへと変えてくれたインフルエンサーとして感謝してもしきれないくらい、色んなことを学んだなあと思います。

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旅行が好きになった理由

自己紹介が予想以上に長くなりそうで気味が悪いので、ここから改めて分けて書き直します。旅行が好きな理由は大きく3つあります。まず、乗り物に揺られることが好きであることが一つ。鉄道マニアや航空機マニアほどに知識量を有しているわけではないですが、都市と都市を結ぶ交通機関として、自然の一部としての交通機関として、旅情を掻き立ててくれる交通機関として色んな乗り物に揺られることが好きなようです。鉄道だけにとどまらず、飛行機、船、高速バス、路線バス、地下鉄、ロープウェイ、路面電車、モノレールにまで及ぶ多種多様な公共交通機関を余すことなく使い果たして移動する毎日は天国のように楽しかったです。

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次に、一人で知らない場所にフラッと立ち寄って途方に暮れることが好きであるからです。誰かを連れていく旅行、誰かに連れていかれる旅行というのは同じ体験をリアルタイムに共有できる貴重な存在がそばにいるので、二人以上で行く旅行には、それはそれで楽しいものがあります。しかし、意思決定にいちいち自分以外の意見を考慮しなければいけなかったり、旅先で自由に楽しみたいのに、気にかけなければいけない存在が自分以外に増えたりなど、精神的にも大きな荷物が一つ増えたような感じがしてしまいます。一人旅というのは、そのような障壁が築かれるはずもなく、全ての決定権を自分が握っており、自分の好きな時間に起き、行きたい場所に行き、食べたいものを食べ、寝たいときに寝ればいいのです。こんな自由なことありますか。

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3つ目は、僕が土木建造物マニアであることが理由です。今までもいろんな場所に行くたびに、土木マニア的視点で楽しんでいる様子を書いてきたように、その場所の成り立ち、その建造物が完成するまでのいきさつ、将来にわたったその土地の活用法など、四次元的に楽しめるこの視点は、とてもお得だと思います。特に鉄道に関しては、発達時期が古く、明治以降、この国の発展とともに成長してきた乗り物として、とてもロマンが感じられます。鉄道に限らず、例えば鉄道に乗っていて、流れていく車窓にひたすらに疑問を持ち続けるだけでも、鉄道での移動が何もせずにいるのと比べて何億倍も楽しくなります。「あの家はボロいな、いつから建っているんだ?まさか戦前?!」とか、「なんだこの廃線は?まさか○○年前まで使われていた○○線のかつての姿か?!」とか、とにかく発見は絶えません。好奇心が常に活性化される移動というのは、それだけで忘れられない思い出になります。

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これらの理由が、僕が旅行が好きな主な理由です。

このnoteについて

そんなこんなで旅の記録として書き始めたこのnoteは、自分にとっても消えることのない記憶媒体として、この先、何度も自分で読み返すことがあると思います。書き始めようと思ったきっかけは、そのこと以外にも、ある人物の影響があります。

その人物とは、高校の時の部活の顧問の先生です。奇抜で突飛な指導者と自らを形容する、やや過激で革新的な技術科の先生なのですが、その先生が何度も何度も伝えてくれたことの一つに「今の世の中、検索して出てこないものは、この世に存在しないのと同じである」ということがあります。SNSが発達した現代では、自分というコンテンツを発信するツールが星の数ほど存在します。その中でもnoteは、文字という極めて原始的かつ感情的に時が経っても色褪せない形で残せる記録媒体であると思います。

この旅を何か形のあるものとして残そうと、動画、写真などいろいろな手段を考えましたが、ここはひとつ馬鹿真面目に文章という形で残してみようと試みました。本当に書いてよかったと思います。閲覧数を稼ごうと創意工夫するのもまた一興(ちなみに全体ビューはそろそろ1万に到達します)、将来の自分のためにただただ文章を綴るのもまた一興。盛大な自画自賛ですが、面白いコンテンツを世の中に残せて、僕は満足です。

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毎日毎日、時間を見つけて書き続けることができたのも、このような思いがあってこそです。毎晩毎晩、まだ朝起きたばかりの記憶の中の自分を、今の自分へと導くように文章を綴る作業は、めんどくさくとも楽しみながらできたかなと思います。残りは寝る前に書こうと思って、途中まで出来上がった文章を完成させようと、スマホを握ったまま眠りについた夜も何度もありましたし、寝ぼけ眼でタイピングした誤字脱字だらけの文章をその日の夕方に自分で読み返して、苦笑しながら訂正するという場面も何度もありました。それだけ、このnoteを書くという経験は、旅行の一部として楽しみの一つでありました。

人には人の日本一周

さてさて、そろそろ本格的に旅行のことを書きましょうね。僕の日本一周は39日という極めてコンパクトに収めた行程を辿りました。日本一周界隈の皆様は自転車、バイク、徒歩など公共交通機関というチートに頼らず、「これぞまさに旅」という数年、数か月単位の大冒険をなされています。そんな旅行をしてみたいと思わないと言えば嘘になりますが、僕にはそこまでの野心と免許と時間とお金がなかったので、そもそも一周する手段として、そのような選択肢は挙がってきませんでした。また、上記の3つのような理由から公共交通機関で移動することが何よりも旅の醍醐味であるとするスタンスですので、割と短期的になってしまうのはしょうがないことでもあるのです。

究極の鉄道旅行として愛されている(?)「最長片道切符の旅」が約40日間で完遂できるものだとすると、鉄道で日本一周するのにかかる時間として39日は結構妥当な時間ではあると思います。しかし、時間的に訪れることを断念した観光地は全国に五万とあります。そういう意味では、もったいない日本一周であったかもしれませんが、次訪れたときの楽しみを残しておくという大変楽観的な結論を全国各地で下してきましたので、その時のために楽しみをとっておくことにしました。

ここで言いたいことは、人には人の楽しみ方があり、人には人の旅行のスタイルがあり、人には人の日本一周があるということです。十人十色という言葉があるように、一人一人にその人特有のスタイルがあることが素晴らしいことなのです。僕は僕なりに楽しむことができたので、特に後悔を感じることはありませんでした。

一周後の自分の変化

この旅に出た自分と出なかった自分を単純に比較することはできません。この経験をした以上、一周しなかった自分という比較対象について知る由がないからです。しかし、確実に自分の中で変化した価値観はいくつか存在します。ここからは、それら大きく変化した点について書き残します。まず1つ目は幸せを感じるハードルがより一層低くなったことです。

1円でも安く済ませる方法を編み出すために思考を凝らし続ける生活を40日間継続すると、元々けちな体質だったにも関わらず、日常生活に戻った時に感じる幸せの規模が小さくなったと実感します。例えば、今日安心して寝る場所があるということ、家に帰れば食事が用意されているということ、心通える仲の良い友達に囲まれていることなどなど、40日間の貧乏一人旅行をしなければ、当たり前だと思い込んでいた何気ない日常が、実は物凄く有難い環境であったということに気づかされます。これは非日常を長期間経験する長旅に出るとあるあるなのかもしれませんが、実際に経験すると話に聞いていた印象よりも生々しく実感できる不思議な経験かもしれません。

2つ目は日本のどこに訪れてもワクワクしなくなったということです。これは旅行中に薄々気づいていたことですが、国内どの地域もパット地名を聞かれただけでどんな雰囲気が漂っているか予想がつくため、この国にいて新たに感じる刺激が少なくなったということかもしれせん。旅行中にもすでに訪れたことがある場所を訪れる機会がありましたが、その度に安心感というか、「帰ってきたぞ」と安堵できる瞬間がありました。つまり、次訪れるときにはそのような安心感の連続で、小さな発見が加わる程度の刺激以上に期待できるものは少ないということでしょう。しかし、日本全国まだまだ行きたいところで埋め尽くされています。新たな場所で新たな発見ができるということが、それほど尊い経験であるということを学んだ旅行でもありました。

観光崩壊

ここでは観光崩壊について書こうと思います。医療崩壊が叫ばれる中、観光業界の冷え込みは日本の大切な産業資源を台無しにしてしまっていることに他なりません。感染症が流行る前は外国人観光客の数も年々上昇傾向にあり、これから成長の余地が見込まれていた我が国の観光産業は、工業も農業も海外勢力に淘汰された中で、唯一生き延びていける経済回復の頼みの綱であったことは否定しにくいことです。そんな頼みの綱を必死に潰そうとしているこの状況に危機感を抱くべきだと思います。

この旅行で観光崩壊をひどく実感したのは、那覇の国際通りと伊勢のおかげ横丁です。客を呼び込む活気ある声が軒先に響いていたかつての賑わいから遠くかけ離れた閑散さに通り過ぎるバイクのエンジン音しか響かなくなった国際通りの現状には、もはや不気味ささえ感じられます。まともに営業を続けているのはスタバとミニカステラ屋だけであった、おかげ横丁は絵に描いたようなシャッター商店街を体現していました。食べたい店が閉ざされているのを見るたび、伊勢神宮とはこんなに三流観光地だったのかとがっかりしました。

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観光というのは観光客にとって「遊び」かもしれませんが、それを生業にする商売人にとっては明日を生き抜くためのお金を儲ける立派な「仕事」であることを忘れてはいけません。この国は素晴らしい場所、受け継がれるべき文化、郷土の味で満ちています。日本人として生まれてきて、出身国についてよく知らない人間が高らかに「グローバリゼーション」を謳ったところで、説得力に欠けます。

観光という行為には、その国の色が強く現れます。日本という国を海外に発信する表現方法の1つと言っても過言ではないでしょう。冷え込んだ観光業を復活させるためには、みんながみんな躊躇なく旅行できる価値観の統一が迫られますが、あと何年かければ実現するのでしょうか。まずは、少しでも感染対策を意識的に取り組むだけでいいから、自由に旅行に励む人が段階的に増えてくればいいと思いますね。

田舎と都市

これは東京に戻ってきてから受けた衝撃が自分でもびっくりするほど大きかったために書こうと思ったセクションです。40日近く大都会の喧騒から離れた生活をしていると、東京に戻ってきたときに、都市という複雑怪奇な存在の異常性にハッとさせられます。この前、大学に行くために久々に満員電車というものを経験しましたが、ホームに降りた途端、敷き詰められたように並ぶ乗客の多さを見て「何事か!」と思わず異物を見る目をしてしまいました。

東京を「首都」として見ることができる視点を手に入れたのも、この旅行で得たものの一つです。今までは何気ない大都市として自分の目に映っていましたが、今は首都たる煌びやかさを発している、大阪や京都とはまた違った大都市として自分の目に映ります。一方で、田舎には田舎にしかない日本の原風景が眠っている気がします。特に東京は日本一広い平野である関東平野に位置している関係で、山の稜線が日常生活で視界に入る機会がありません。常に山が見え、海が見え、広い空が広がっている田舎の風景は日本人として生まれてきてよかったと感じさせる、どこか懐かしく思ってもしまう節もあります。

夏休みということもあり、夏特有の蒸し暑さの下、蜃気楼でゆらゆらと揺れるアスファルトや澄み渡った青い空に、もくもくと成長する入道雲を見るたびに、「これぞニッポンの夏」といった感じの風景を楽しませてくれる農村部ののどかさは、出かけなければ決して出会うことはできません。

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通過する列車に手を振る文化も田舎でしか見ることができなくなった光景の1つかもしれません。3時間に1本の運行本数であることが当たり前になった過疎地域に住む人々にとっての鉄道と、単なる通勤手段としか捉えることができなくなった都会の人々にとっての鉄道とでは、見え方も異なることでしょう。車窓から時たま見える親子で鉄道に手を振る姿は、田舎にしかない余裕な空気感を教えてくれる新鮮な存在として映りました。

若さの無敵性

毎日毎日普通列車で何時間も移動し、ネットカフェに潜り込む生活は大して運動していないように思えても、鉄道旅行に慣れていない人にとっては何か苦行の一種に思えるでしょうし、予想以上に体力が削られることでしょう。そもそも毎朝4時台に出る始発に乗り、降りた駅から何万歩と歩き回って一通り観光を終えた後、23時近くなって目的の駅へ到着し、ネットカフェの1室で1日を終える生活を毎日毎日繰り返していて、一体どこに体力の源があるのか自分でも科学的に説明することはできません。しかし、唯一言えることは「若いとは無敵である」ということです。

僕の原動力は、若さの重要性に若いうちに気づけたことが全てです。人生で今この瞬間が一番若いことを自覚すればするほど、この有り余る活力を消費しないで過ごすという選択をすることがどれだけ勿体無いことか、身に染みてわかるはずです。大学生という期間は人生で見ても、知力体力財力の全てを兼ね備えた最強の期間であると思います。また、自分の自由な時間が増えるという意味においても、よく考えた上での行動が試される重要な期間です。また、大学の夏休みというのは、人生で最後に過ごせる貴重な長期休みです。よく「大学生は人生の夏休み」と言われることがありますが、これに従うと大学生の夏休みはいわば、夏休みの中の夏休み、この機会を何もせずにダラダラ過ごすことは何が何でも避けなければなりません。

人には人の青春の時間の使い方がありますが、若さを無限の体力の源だと思い込んで、思い切って長旅に出発する選択をしたことで、年を取ったときに「もっと遊んでおけばよかった」と後悔することは軽減されるはずです。今、できることをやらないで、できたのにやらなかったことについて、この先の人生ずっと後悔し続ける人生を歩みたいと思いますか?年齢を重ねたとき、また何か別のことで後悔をすることがあるかもしれませんが、少なくとも、今を楽しんで生き続けた人の感じる幸福度の総和は、今を犠牲にして、将来やりたいことをやった人の感じる幸福度の総和よりも大きくなることは、とある研究で判明しています。

おじいちゃんになった時に、「若い頃は日本一周したな」と振り返ることができれば、若さについて後悔することはなくなるだろうし、おじいちゃんになっても、その時なりの若さを楽しんで暮らしていることでしょう。これはこの旅を通して1番伝えたいことでもありますが、「今を大切に生きる」という姿勢を軸にして、若さを謳歌してほしいと思います。常に後悔しないための選択をし続けることで、時には危険な選択をするかもしれませんが、自分らしい生き方ができるのではないかと思います。なぜなら、その選択がその人の考える後悔しないための選択であるからであり、だからこそ、その人の人生がその人らしいものに完成するのだと思います。

若さを謳歌するための手っ取り早い方法が旅に出ることです。僕はまだ20歳ですが、僕よりも若い人はこれらのことを忘れてほしくはないですね。

次は何をしようか

「人生は冒険や」という極めて単純明快で、ありそうでなかった名言を残したYoutuberがいますが、まさにその通りであると思います。旅行というのは「3泊4日で沖縄旅行!」や「1泊2日で温泉巡り♨」というありきたりな行程よりも「40日かけて日本一周」や「日帰り那覇札幌」などインパクトのある行程の方が記憶に深く刻まれます。その規模の違いに「旅行」と「旅」の違いがあるのかもしれませんが、僕にとっての「旅」とは、常に五感と理性がフル回転する波乱万丈な毎日の連続のことを指すのではないかと思います。そして、旅先では自分の知らなかったことを発見し、学び、識見を広げるという行為に本当の楽しみがあると思います。

そんな旅をまたやりたいです。世界一周とまでは言いませんが、海外1人旅にも挑戦してみたいですし、日本国内でもまだまだ行ってみたいところ、食べてみたいものがたくさんあります。ちょっと無理してでも、若さを生かした冒険に出てみたいものです。

たいして面白くもない文章を最後まで読んでくれて、ありがとうございます。これにて「20歳の夏休み全部使って日本一周してみた」シリーズも幕を閉じます。これからも僕にしかない視点で発見したことがあれば、書き残していくつもりです。

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