s.u.n.d.a.y.s. #14
「郵便です。」
開店前のお店に午前の真夏の日差しが光線のように差し込んだ。
受け取った一通の絵葉書には、ふくよかな象の姿の神さまが描かれていた。
差出人は、せつ子さんだった。
絵葉書からは、乾いた砂ぼこりと、ゆったりと流れる時間の匂いがした。
たかひろくんのまぶたの裏に、あの大きな川から見た大きな太陽が浮かんだ。
「本当に行ったんですね。」
開店前のカウンターで冷たいチャイを飲んでいたみどりちゃんが、絵葉書を眺めながらしみじみと言った。
「ね。」
「天国かぁ。せつ子さん、本当に天国に行ったのね。」
「どういうことですか?」
「せつ子さんに最初に会ったときに、あと三ヶ月で死ぬって言っていたんです。」
「どうして?」
「なんとなくだけどそんな気がする、って。ああ、この人がそう言うのなら、寂しいけどきっとそうなんだろうなと思っていたんです。」
「確かにあの人がそう言うのなら、その時は、きっと本当にそうだったんでしょうね。」
「もしかしたらせつ子さんの天国はインドだったのかもしれませんね。」
「そうかもしれませんね。せつ子さんは今頃あの暑い天国で、熱いチャイを飲んでいるのかな。」
「私もこのクーラーの効いた涼しい天国で、冷たいチャイを飲んでますよ。」
「あっちもこっちも天国だらけですね。」
「本当ですね。あっちもこっちも、どこもかしこも天国。楽しくても、苦しくても、嬉しくても、悲しくても。私たちが生まれてきて生きているここがもう天国なのかも。だからみんなそれぞれの好みの天国を選んで、死ぬまで遊べばいいんですよね。だっていつか終わりが来るんだもの、絶対に、誰にも平等に。」
「だったら僕はこの天国でずっとこうして遊んでいたいなあ。」
「私も、この天国でずっとこうして遊んでいたい。でも、もう行かなくちゃ。子どもたちが待っているから。せつ子さんがインドから帰って来たら、きっといっしょにカレーを食べにきます。」
「待っています。お味噌汁も作っておきますね。」
みどりちゃんが出かけていった扉の隙間から、むせ返るような熱い真夏の風が流れ込んできた。
もしもあのとき、一人にならなくて、もしもあのとき異国であの大きな太陽を見なかったら、今こうしてカレー屋をやっていなかったのだな、と思う。
もしもあのとき。
生きることはそんなことの連続だ。
あの日やあのときの全ての出来事、全ての選択が、今の自分を作っている。自分だけじゃない、両親や、関わってきた人たちすべての、はるか昔から続いている途切れそうな細い糸を伝って今がある。
全てを自分で選択をしてきたようでいて、本当はただ果てしない大きな川を流されているだけなのかもしれないと思うときがある。
それを無意味だとか無力だと思うこともある。
でも。
と、たかひろくんは思う。
流されているだけだとしても、どう流されるかを選ぶことはきっとできるし、行き着く先は同じならば、どう流されるかは自分で選んでみたい。
そうだ、今年の夏は海に行こう。
お店を休んで、電車に乗って、少し遠くの街に行ってみよう。
そして一番大きな打ち上げ花火を見よう。
みどりちゃんとせつ子さんも誘ってみよう。
きっと、そうしよう。
たかひろくんは、そう決めた。
お店の中がスパイスのいい香りでいっぱいになるころ、ラジオから流れる歌を口ずさみながら、たかひろくんは扉を外にめいっぱい開けて、看板をかける。
白くまぶしい八月の日差しが、店内を明るく照らす。
たかひろくんのカレーの香りが、夏の暑い風に乗って街を通り過ぎていく。
公園を抜けて、川を越えて、人々の生活と、記憶のずっと遠くまで。
そして今日もいつもと同じ、いつもと変わらない新しい一日が始まる。
【カレー屋 太陽】
開店です。
(終)
より良い表現ができるように励みます。ありがとうございます🌷