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彼方からの手紙の前の手紙


過去のnoteを整理していたら見つけた記事。
2021年6月のもの。
今、マガジンで書いている「彼方からの手紙」のことがすでに文中に書いてあって、あぁ私は前から同じことを思っているんだなあと驚いた。

私はずっと、彼方かなたから私に手紙を書いていて、そして私のその先の彼方あなたに手紙を書いている。
ずっと怖くてどこか誤魔化したりかわしたりしていたけれど、もう逃げずにしっかりやろうと思ったので、過去の文章って身悶えするけど今の私に再掲する。
今も基本は当時と変わらないけれど進む方向がもっとはっきりくっきりして、それはこの2021年から2年後に出会った人たちのおかげで、だからやっぱりこれからも希望を持つことを諦めないでいようと思うし、過去の私にもそう言ってあげたい。



2021.6


ぼんやりしていると脈絡もなく過去が頭の中を流れる。
その時の感情や光の感じ、匂いまで思い出す。
今の自分の身体と脳内の過去がバグって、境界が曖昧になる。
生まれる前の記憶みたいなものが鼻の右上にまとわりついている。



よく分からないと思っている。
今日に至るまでこの地球のお作法がよく分からない。
若い頃はそんなことを言うと不思議ちゃんとか言われて馬鹿にされたりしたけど、馬鹿にされて分かるようになるなら全然いいと思う。
本当に分からないのだから困っている。
困惑している。
自分が何をしに地球に来たのか幼い頃から焦っていて、このままではすぐに死んでしまうから早くやらねばと焦り続けて、でも未だに何をしにきたのか分からない。
それは使命とか大層な話ではなくて、もっとプリミティブな感情。
記憶喪失みたいな感じ。
こんな感覚を持って生きている人は他にいるんだろうか。
みんな人間として生まれた自分の役割のようなものを何の疑問も持たずそつなくこなしているように見える。
誰も違和感を持っていないように見える。
私は子どもの頃から違和感とアウェイ感でいつも孤独だった。
とにかく馴染めない。
家族にも恵まれていなかったので理解者もいない。
自然とか動物とか、人間以外のものしか近くに感じられない。
こんな感覚で生きている人っているんだろうか。

人間同士が争うのもよく分からない。
自然を破壊するのもよく分からない。
損得勘定もよく分からない。
地球は、人間は、なんでもありの体験型テーマパークとはよく聞くけれど、そうなんだろうなと思う。
その体験型テーマパークに私はわざわざ何をしにきたのか、それが分からないからずっとモヤモヤとしてきた。
わざわざ分離して、わざわざ肉体をもって。

改めて考えてもやっぱり大層なことは浮かばない。
ただ遊びにきた感じ。
感情をフルに使い、楽しむこと。
美味しいものを食べたり、手に触れた感触を味わうこと。
個でしかないその感覚を他人と共有すること。
そういうことを遊びにきた感じ。
遊びにきたならもっと遊びたい。
死ぬまで遊びたい。

「ああ本当にどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか」と言ったジョバンニの気持ちが、本当に本当によく分かる。
誰かずっと私と遊んでくれる人はないだろうか、
そんな気持ちで生きてきたけどいまだに一人でいるんだから、うまくいかないなと思う。
強く願いすぎてしまったんだろうか。
そうかもしれない。

この地球のお作法はたぶん一生分からないけれど、死ぬまでに同じ感覚を持ってる人にもし会えたら、こんなふうな話をしてみたい。
そんな気持ち。
思うことを外に向けて書くことは、彼方からの手紙を私に書くことに、とてもよく似ている。












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