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美しい
美しいピアノの調べが聴こえるような、言の葉の振動が心を震わすような、チャミさんの手紙。 https://t.co/cmrWkbX55v
— 前田大樹 (@hirokymaeda) November 12, 2024
前田大樹さんが書いてくれたこのポスト
しっとりたおやかでありながら芯の強い言葉を綴る、ブレない前田さんにそう言っていただけたのがとんでもなく嬉しいのはもちろんのことなのだけど、それをここに載せたのは、どうですかドヤァ、と誇示したいからではもちろんなくて、このポストを読み、昨日スーパーからの帰り道でハッとしてメモしたことを思い出したからで
言葉や文章も音楽のように存在できると思ってる
そこを目指してみたい
音楽は消えていく
実態がない
でも感情を喚起し心に余韻がいつまでも残りその人の記憶とリンクして唯一の大切な思い出になる
宝箱にそっとしまい時々思い出してその人を支える思い出のように
そんなふうなものを目指してみたい
私は音楽と文章に人生や存在を救われてきたから
なぜ書きたいのか
書いてどうしたいのか
ずっとわからないできた
ピアノの音楽を聴きながらスーパーからの帰り道
木に咲いているきれいな花を見ていて突然
「あ」
と思って書いたこのメモ
私はこういうことがやりたいのかとはじめてわかった気がした
私が美しいと思うものや感じるもの
それを表すことは、ぜんぜんふわふわキラキラしていない
むしろ、意地でもそっちを選んで生きてやるという決意とか、反骨精神みたいなもので
じゃないと自分や、これまで出会ってきた繊細で強く優しい市井の人たちに、その人たちが見せてくれた美しさに、申し訳がたたないから
光や希望がなんなのかなんて、人によってちがうし、正解はないけれど
自分が受けとって見て触れてきた美しさを汚したり、侮辱するような生き方だけは
絶対にしたくないなと思う
いつか終の箱を開けたとき
淋しさも、哀しみも、喜びも、恥ずかしさも、笑いも、無も、その全てが、私を生かしてくれた美しい記憶でいっぱいに満ちているような
そんなふうな生き方がしたい
現実逃避でもなげやりでも負け戦でもない
等身大の自分の、そこだけはとうめいな部分で
自分さえも入らない、入れない場所で
ピアノの旋律のような、花の咲くような
言葉の響きを感じたいし
感じて自由に解き放ちたい
そしてその先で出会いたいし
笑いあいたい
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