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若林さんと、ちょっと金田くん(仮名)のこと



オードリー若林正恭さんの「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」を読んでいる。
旅行記なのだけど、すごく良い。
もともと旅行記が好きだし、若林さんと私が同じ世代で空気感が共有できるからかもしれないし、単にタイミングなのかもしれないけれど、久々の読書でこの本を読めたことは今の私にとってすごく大きなことだった。この本すごくいいよ、と誰かに伝えたかった。
伝えたい人が普段ほぼ連絡も取らない大学時代からの友達の金田くんしか思い浮かばなかったので、金田くんにメールして、すごくいいんだと伝えた。何がとかはとくに言っていない。それが言えないけど伝わると思えるのが、金田くんしかいなかった。私の一方的な思い込みなのかもしれないけど、でもきっとたぶん大丈夫な気がした。
その曖昧な感覚の中に、私の信頼というものがある気がする。いつでも。

しばらくして金田くんから古本屋で同じ本を買ったとメールが来た。果たして彼はこの本、好きだろうか、嫌いだろうか、ふつうだろうか。
分からない。

20年以上も前、吉祥寺の地下の八丈島料理屋で飲んだとき、私たちはなんの話をしただろう。全然覚えてない。とにかく色っぽい話をしたことは一度も無い。
大学を卒業してずいぶん経って、井の頭公演の森の中にあるカフェでご飯を食べたとき、当時の金田くんの彼女が10歳くらい年下だという話を聞いた。「すごいね!」と言ったとき「そう?」と言われたその相槌が冷くて、背筋がヒヤッとした。出会った時から変わらず金田くんの相槌は私の存在を瞬時にはるか遠くへ吹っ飛ばし、その冷たさにいつも背筋がヒヤッとする。

美術科だった金田くんの卒業展をこっそり見に行ったことがある。
今でも良く覚えている。
茶色いちゃぶ台の上にご飯とかおかずとかがごちゃっと乗っている、とても大きな油絵だった。
一年生のときの芸祭の油絵もよく覚えている。黄色い絵だった。「あ。」と思って、突っ立ってずっと見てた。タイトルも覚えているけど、ここには書かない。
金田くんと初めて出会ったのはその大学のとあるサークルの部室だった。
ドアを開けたら彼は一人で机に寄りかかっていた。茶色いコーデュロイの古着っぽいズボンを履いて、ヨレヨレのTシャツを着ていた。
部室の窓は全開で、木々が近くに見えて、風が通っていた。
ドアを開けて、初対面で、いきなり金田くんがわたしに言ったこともはっきりと覚えている。でも、やっぱりそれも書かないでおく。きっと金田くんはそんなこと何一つ覚えていないだろう。フィッシュマンズを教えてくれて、CDをいきなり貸してくれて、いっしょに野音に行って、現地集合現地解散した。そんなこともきっと覚えてないだろう。わたしは彼にたくさん手紙を書いた。彼もいつも返事をくれた。やがて彼に彼女ができて、彼女が泣くからと返事は届かなくなった。わたしは、ちぇ、つまんないの、と思った。話したいことはまだまだたくさんあったのに。



わたしたちは今はそれぞれ遠くに住んでいて、それぞれ生活があって、滅多にやりとりもしない。それでも大事に思う友達がいることは、とても幸せなことだ。とにかく生きていて欲しいし、元気でいて欲しいし、なるべく幸せで楽しくいて欲しい。もしかしたらもう二度と会うことはないかもしれないけど、いつでも彼に会える自分でありたいとは思う。自信はないけど、ずっとそういう気持ちではいる。





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