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s.u.n.d.a.y.s. #11




その女の子はランチが終わる時間ギリギリにやってきた。
「こんにちは。あの、入っていいですか?」
不思議な気持ちがした。
あれ?この子は誰だっけ?同級生?それとも近所のカフェの店員さんかな?いや、違う、誰だろう、思い出せない、でも、確かに知っている。
一瞬頭を巡らせたが、その女の子が誰なのか、分からなかった。
「もちろんです。いらっしゃい。」
ちょうどお客さんがみんな帰ったあとで店内には誰もいなかった。
奥の二人がけの席に座った女の子の青いワンピースの裾がさらさらと揺れるのを見て、思わず声をかけた。
「あの、失礼ですが、どこかでお会いしたことがありますか?前も来てくれたこと、ありますか?」
「いえ、初めて来ました。」
「そうでしたか。突然変なことを言ってすみません。」
「いえ。あの、はい。ランチのカレーと、冷たいチャイをお願いします。」
「はい。ゆっくりしていってくださいね。」
女の子は小さく頷いた。
なんとなく不思議なような気持ちで厨房に戻り、女の子が緊張しないようにラジオを少し大きくした。

しばらくしてカレーを持って行くと、女の子はとても小さな声で「おしいそう。」と呟いた。
誰のために言われたのでもないその言葉がとても嬉しかった。
「では、ゆっくり、いただきます。」
女の子は窓の外を見ながら、本当にゆっくりとカレーを食べた。その速度はなぜだか僕をとても安心させた。
ラジオからは、知らない国の優しい音楽が流れていた。
甘い、やや擦れた女性の声で、多分もう二度と会うことのない海の向こうの恋人のことを歌っている、切なく哀しい歌だった。

ふと、思った。
あの夏、もし何事も無く花火が打ち上げられ、美しく光る夜空を、彼女と二人で見ることが出来ていたのならば。
僕らは、離ればなれにならなかったんじゃないだろうか?
あの時の僕とあの時の彼女が、今でも二人で暮らしている世界が、どこかにあるんじゃないだろうか?
上がらなかった花火、叶わなかった未来、今はもうここにいない人。
もしあのとき、花火がちゃんと打ち上がっていたのならば。
もし僕が、もっと彼女の声に耳を傾けていたのならば。
もし僕が、二人のズレを、その少しづつ大きくなっていく隙間を、隙間に生まれる暗闇を、見て見ぬふりをしなかったならば。
もし僕が。
そう。
もし、僕が、本当の声を発する事を、僕で居続ける事を、彼女を失うことを、少しも怖れずにいられたならば。

窓の外から入り込む太陽の日差しに我に返って顔を上げた。
カウンターに飾った青い花の向こうに、ゆっくりカレーを口に運ぶ、青いワンピースを着た女の子が見える。
あ、そうか。
あの女の子は、この小さなブルースターの花に、とてもよく似ている。






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