食べなかった焼きそば
土曜のお昼ご飯はオムそばにしよう。
次女と献立を決めながら買い物をしたので、悩まなくていいのが助かる。
オムそばを作ったら、バイトが終わるタイミングの次女に届け、そのまま次の活動へと車で送る約束。
そろそろかな。
ちょうど集中力も切れてきたから、いい頃合い。
仕事の手を止めて台所へ向かう。
お気に入りの音楽を流して、冷蔵庫から材料を取り出す。
玉ねぎを切って、ピーマンを切り始めた頃、流れてくる曲の一節が耳に絡みつく。
いろんな別れ道があったなぁ。
選ばなかった道もいっぱいある。
野菜を切る手は動かしつつ、心は記憶を彷徨い始める。
・・・
高2の文化祭のとき、クラスの出し物は焼きそばだった。
あの時、本当は調理班に入りたかったのに、義務付けられている検便が嫌で、店番班に入ったのだった。
バイト先の居酒屋で習った焼きうどんが絶品だったから、自信はあった。
焼きそばも同じように作れば美味しいに違いないと。
でもどうしても、検便が嫌だった。
乙女の恥じらいというやつだ。
文化祭当日、調理班が家庭科室で作ってパックに詰めた焼きそばを受け取り、中庭のブースで販売する売り子となった。
まずまず好調な滑り出しだったのが、だんだん売れなくなっていく。
退屈していたところに、当時の彼と友達が買いに来てくれた。
座って食べ始めた2人の表情が、どうも妙である。
箸もあまり進まない。
「え、もしかして、、、?」
恐る恐る聞いてみると、
「、、、味がない」
「味がわからん」
苦笑いで答えた後、意を決したように一気に食べ進める2人。
静かなショックが内心に広がっていた。
私が潔く検便を受け入れてさえいれば、味のない焼きそばを売ることにはならなかったかも知れない。
後悔の念が沸き起こったが、嫌な検便を乗り越えて、がんばって調理してくれているクラスメイトを思うと、私に言えることは何もない。
「食うか?」
と彼が聞いてくれたけど、味がないと知っている焼きそばを食べる気にはなれなかった。
きっと、「あの店の焼きそばは味がない」と、校内で口コミが広がってるだろう。売り子としても、積極的に売り込む勇気は出せなかった。
目の前のたこ焼き屋が飛ぶように売れていくのを眺めながら、その年の文化祭は終わっていった。
・・・
具材を炒めながら思う。
あの時の焼きそばの【味の分からなさ】とは、いかほどであったのだろうか?
食べてみればよかった。
30年近くも経って、あの焼きそばの味を確かめたくなるなんて。
それもこれも、検便を選びそびれた私の臆病のせいか。
食べることを選びそびれたのも、臆病だったからだ。
ほんとに臆病風を吹かして生きてたなぁ。
これからは、検便も、味のない焼きそばも、何でも経験していこう。
選ばない、経験しなかったという経験からも、教わることはある。
じゃぁ一番美味しかった焼きそばって、いつ食べた焼きそば?
また心はふらふらと、記憶を辿り始める。
・・・
真っ先に思い浮かぶのは、こってりソースの太麺!
ほんとに美味しかったなぁ。
どこで食べたんだっけ?
そうそう、営業職してた時にみんなで入った、ミナミのちょっと高級な鉄板焼き屋!
お店もお洒落な雰囲気で、お好み焼きが高級料理に見える魔法にかけられたなぁ。
あれ以来、焼きそばは太麺が好きになったんやった。
でも、こうして色鮮やかにいろんな思い出が甦るってことは、その時に、私の心がちゃんとそこに居たってことやなぁ。
ちゃんとそこに居て、味わって、その時を生きてたんだ。
私は太麺が好きだけど、今日のオムそばは次女の好みに合わせて譲った細麺。
これもまた良し。
うん、美味しい美味しい。
・・・
はっ!
やばいっ!
気付けば2人前のオムそばを作り上げ、モリモリ頬張って食べている。
、、、心ここに在らずとはこのこと。
不覚だった。
心ここに在らずで作ったオムそばを、次女は味気ないと思うかな。
いや、これはこれで美味しいはず。
今から心を込めよう。
心を込めてソースをかける。
さらに心を込めてマヨをかける。
さらに上から追いソースを。
良し。これでいい。
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