「蛍」

淡い光が闇に筋を描いて飛ぶ。またはある所で止まって明滅を繰り返す。ここまで足元も見えない道を歩いてきたけれど、おそらく川の近くなのだろうせせらぎがかすかに聞こえる所に来た途端に広がる幻想的な風景。一つ一つの光は小さいけれど無数に飛び交う蛍の光は隣にいる君の横顔がうっすらと見える程度の明るさはあった。
 さらに足を進めて、光の川へと入っていく。蛍が僕たちの周りを静かに飛ぶ。
 一匹の蛍が君の肩に止まった。足を止めて、尾を光らせて羽を休めている蛍の様子を見ていた。蛍火に君の白いうなじが照らされる。ふと君が笑った。
 蛍って体内のルシフェリンをルシフェラーゼが分解して光るんだよね。熱くないのかな?
 と君が疑問を口にする。生物の発光は電気による光と比べてとても効率がとてもよくて熱をほとんど出さない。だから冷たい。でも命の火を燃やしている。冷たい炎だ。
 まるで、君のようだなと思った。いつもは何食わぬ顔をしているのに驚くほどの激情、熱いものを持っている。君の外側は熱を発していないけれど内側に触れてしまうと火傷してしまうほどだ。今のすました笑みの裏側にはどんな熱量が隠っているのだろうか。

『恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす』

 わかっている、でもわからない振りをしてあげる。内側からの炎の熱さを知るのは僕だけで良い。そう思った。

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