さよなら、またどこかで

美守はお寺の境内から少し離れたところにある家に住んでいる。代々そのお寺を管理している家だ。今は祖父がまだ現役で頑張っており、母が手伝いをしていた。美守も時々バイトで巫女姿になって御守りを渡したり掃除をしていた。
家を出てお寺の裏にある墓地にむかう。お墓の管理も仕事の一つだ。美守は今年で十八歳になった。高校を卒業し、大学へ進学する。美守が通う大学は実家から離れたところにあるため、下宿をすることになった。受験期間中はお寺手伝いは控えていた。
通り慣れた砂利道を歩き、お墓を見て回る。寒い冬の間も祖父や母、お参りに来ている御家族が綺麗に手入れをしていた。今日は何もする事がないな、と思いながらとある墓石の前で立ち止まった。
「よう、美守。久しぶりだな。受験とやらは終わったのか?」
美守に話しかける存在がいた。歳は美守より少し上くらいの男性で軍服を着ている。墓石の上で頬杖をついて美守を見ていた。当然彼は普通の人には見えないし、彼は透けている。いわゆる幽霊というものだ。
美守に霊感があるかどうかは分からないが、彼の姿は幼い頃から見えていた。
「清空(きよたか)さん、久しぶり。無事に受験終わったよ。大学が遠いから下宿するんだ。またしばらく来れないから挨拶に来たの」
そう言う美守に笑いながら彼は言った。
「そうか......。合格おめでとう。あ~んなに小さくて、泣き虫だった女の子がもうそんな歳か。墓前に座っては愚痴を聞かされていた身としては清々するよ。もう会えなくなるのが、少し寂しいがな」
彼の笑顔は娘を見るような温かいものであったが、寂しさが混じっていた。美守は苦笑しながら言った。
「なによ、今生の別れみたいじゃない。夏休みとかには帰ってくるよ」
そう言う美守に清空は静かに言葉を返す。
「もう会えないよ・・・・・・美守。あのな、この墓の撤去が決まったんだとさ」
「え…...」
突然の事で美守の理解が追いつかない。呆然とする美守に清空は続ける。
「お前の祖父がこの前俺に言ったよ。墓の管理料が支払われなくなって五年。連絡も付かないんだと。二ヶ月後には俺は寺にある供養塔に入ることになる」
「そう......そうなんだね」
清空は無縁仏だったのだ。参る家族がいない。清空は空を見上げてなんでもない風にでもどこか諦めた様に言った。
「今後、俺たちの様な無縁墓は増えてくるんだろうな。美守知っているか?この墓地の四割が無縁墓なんだってな。少子化が進んだり、人間関係の希薄さから墓を受け継ぐ人間がいなくて無縁墓が増えてるそうだぞ」
美守もここ数年、いくつかのお墓が取り壊されているのを見てきた。その度に悲しい気持ちになった。でも、そのお墓の家族にも様々な事情があるのだろう。
「そっか・・・・・・お墓の形も多様化しているもんね。清空さんと会えなくなるのは寂しいよ」
美守は笑おうとしたがぎこちない笑顔になっているのはわかっていた。
「ありがとな、美守。管理料を払っている間は墓の事を覚えていてくれたのかと思えていたけれど、何か理由があるにせよ支払いがなくなったって事は縁が切れてしまったことになるからな。寂しいよ」
清空はやはり寂しいのだろう。家族と会える唯一の場が無くなるのだ。
「俺は結婚してすぐに逝ってしまったけど、残してきた嫁と娘はどうしているのか。嫁は娘を育てるために遠方の実家に帰ってしまったから、墓参りは数年に一回。それも間隔はだんだん長くなって、ついに十数年前には来れなくなったんだろう。娘の顔は赤ん坊の時に数回会ったきりだからな」
「清空さん......」
美守は何を言ったらいいのか分からなかった。今までお墓の取り壊しはあったが、その時はものを言わぬ石だったからだ。

清空にお別れを言ってから数日経って、明日下宿先へ出発するという日になった。最後の手伝いと思って朝にお寺の境内を掃除していたら、一人の女性に声をかけられた。
「あの・・・・・・すみません・・・・・・」
「はい、なにか御用でしょうか?」
どこか目元があの人に似ている。
「私、清空の家の者でお墓を探しているのですが、こちらのお寺であっていますでしょうか?」
そう、清空の家族だった。
「あ、はい!ご案内いたします!」
その女性を清空のお墓に案内した。清空は彼女を見て驚いていた。いつも飄々としてどこか物悲しい表情をしていた彼が目を見開いている。
「良かった、やっと来れた。父さん、あなたの娘です」
「俺の......俺の娘、あの時の赤ん坊」
清空は自分の娘にどんな言葉をかけていいのかわからない様子だった。会いたかった、なんで来なかったんだ、色んな感情が混ざって声にならない。仮に話しかけても彼女には聞こえていないだろうけれど。
清空さんの娘は彼の姿は見えていないが、墓石が父であると思って話しかけていた。
「ごめんなさい、会いに来れなくて。母しかお墓の場所を知らなくて、その母は女で一つで私を育ててくれたから墓参りも中々できなくて」
美守は彼女に清空が知りたいと思っている事を口にした。
「お母様は今どうされているのですか?」
そう尋ねる美守に彼女は申し訳なさそうに言った。
「母は病気で入院している状況です。もう長くないと医師に言われています。ずっと母はお墓のことを気にしていました。会いに行けていないと」
忘れられていたのではなかった。煩わしいと思われていたのではなかった。ずっと、清空の妻の中にも娘の中にも清空の存在はあったのだ。それが美守は嬉しかった。
「実は、清空さんのお墓が近々撤去される予定です。このままだと遺骨は取り出され供養塔に納めて他の無縁墓の遺骨と供に合葬されてしまいます。どうされますか?」
そう伝えると、彼女はどうしたものかと考えていた。
「母と相談してみます。墓参りも行けていない中、綺麗に管理して下さってありがとうございます」
お墓の状態を一通り確認して、彼女は美守にお礼を言ってその日は一旦帰って行った。

その日の夕方清空の娘から電話があり、遺骨を家族が引き取るという事になった。先の長くない清空の妻が亡くなった後、新しいお墓に一緒に入るとの事だった。
「清空さん、良かったね。娘さん来てくれて。さっき娘さんから電話あって遺骨引き取るって。そんなに長くはこっちにいれないから明日にでも引き取りたいって」
そう清空に伝えると、彼はいつもの寂しそうな笑顔ではなく、どこか照れくさい様な表情をしていた。
「そうか・・・・・・。あいつに会えるんだな。何年ぶりだろうか。美守、墓は参る人がいてこその墓。故人のために建ててお終いというわけではないんだ。遺骨を納めるということは確かにそこに俺たちはいる。会えなかったら寂しいし、忘れられたら悲しい。会いに来てくれたら嬉しい。それを覚えて置いて欲しい」
そうだね、と美守は思った。
「うん、そうだね。覚えとく」
そう言った美守に清空は歳相応の思い残す事は無いといった幸せそうな笑顔をむけた。
「じゃあな、またどこかで会うことがあったら愚痴の一つでも聞いてやるよ」

二人の間に温かな風が吹いた。

「ふふっ、じゃあまたどこかで。さようなら」

美守もとびきりの笑顔で送り出した。

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