12/20「クリスマスキャロル」

 寒い。

 吸い込む冷たい空気で肺が痛い。僕は首に巻いたマフラーをぐいと口元まで引き上げた。幾分ましになったような気がするが、気休めなのはわかっている。早く暖房の効いた建物の中に入りたい。そう思い歩く速度を速めた。片手には紙袋。中には綺麗にラッピングされたプレゼントが入っていた。

 今は十二月も中旬。もう少ししたらクリスマスだ。プレゼントを買い求める人で混雑するデパートからやっとの事で抜け出し、僕は電車に乗って都会を離れた。しばらく電車に揺られてとある駅で降りた。そこは静かな住宅街で緑が多いところだ。さらに十分ほど歩くと目的の場所が見えてきた。病院だ。

 ここは幼馴染みの彼女が入院している病院。寒くなってきたから肩にもかけられるあたたかい膝掛けをプレゼントとして買った。今日はそれを渡しに来た。

 クリスマスツリーが飾ってある受付を通り過ぎ、病棟へのエレベーターに乗る。目的の階で降りると病棟特有の消毒液の匂いが混じった空気が鼻をかすめる。何度もお見舞いに来ているがどうしてもこの匂いだけは慣れなかった。病室のドアをノックして開ける。

「やあ、来たよ。調子どう?」

 そう言うと彼女は読みかけの本を閉じて笑いながら言った。

「なに?今日もお見舞いに来てくれたの?三日前に来たばかりじゃない。暇なの?」

「暇とは失礼だな。でも、もうすぐ大学は休みに入るしね。来月の試験が終わったら長い春休みが待っているよ。そうだ、春が来てあたたかくなったら、外出許可を貰ってどこか花見にでも行こうか」

 そう言うと、彼女は顔を輝かせた。

「本当?楽しみ!・・・・・・あ、そうだ。頼んでたイラストは?」

 僕は、イラストを描くのが趣味だ。時々彼女に頼まれて描くことがある。一時期は寝る間も惜しんで紙に向かっていた。絵を生業にしようかと考えたこともある。でもそれはもう昔の事だ。現実を知った今は趣味程度と考えている。

「できたよ。これでいい?」

「わあ。綺麗!これは夜の絵?空の色が綺麗!」

「そうだよ、夜明けの空の色。これから何かが始まる。そんなイメージで描いたよ」

 そう説明すると彼女はそっと空をなぞるように絵に触れて言った。

「ありがとう。貴方の絵、看護師さんの間でも人気なのよ。とても上手って。将来イラストレーターになるの?ってさ!なんで美大に行かなかったの?」

 彼女のキラキラした眼が眩しかった。そして夢を諦めたことをもったいなさそうに言うのを聞くのは辛かった。

「そんな、好きで描いているからって誰もがプロになれるわけじゃないよ。奇跡でも起こらない限りは・・・・・・。」

「やめて。私、キセキって言葉嫌い。奇跡は起こるのを待っていたって、いつまでも起こらない」

 先ほどまでの空気は一変し、室温が外の温度よりも低くなった気がした。失言だ、僕は思った。沈黙が二人の間に降りる。これ以上この場所にいるのが気まずくなった。

「ごめん、今日は帰るよ。また来る」

 そう言い残して、彼女の顔を見ることなく病室を後にした。病院を出てから片手に持ったままだったプレゼントを思い出す。困ったなと思いながらも引き返して彼女と向き合う勇気はなかった。

 彼女の気が強いことはわかっていたが、少し過剰な反応だったのは気になった。それで少し彼女の両親に話を聞いてみると、病状は思いのほか悪い事がわかった。もう彼女に残されている時間は長くはなかった。

 数日後、僕はまた彼女の病室の前に立っていた。今日はクリスマスイブだ。この前渡し損ねたクリスマスプレゼントを渡すために来た。彼女にどんな顔をして会えばいいのかわからなかった。

「こんにちは、そこの病室の患者さんに用事かな?」

 ドアを開けようとしたら、後ろから声をかけられた。振り返ってみると白衣を着た病院スタッフがいた。

「あ、はい」

「患者さんは、検査に行っていないよ」

「そうですか。・・・・・・あの、貴方は?」

 訝しげに訊ねる僕に、スタッフは名札を掲げて言った。

「私は、彼女の主治医です。君のことは良く聞いているよ。素敵なイラストを描いている人だね。いつも彼女は君がイラストレーターにならないのはもったいないといっているよ」

 そう笑いながら言う医師に僕は腹が立った気がした。

「あなたもですか?」

「うん?」

「貴方も僕を責めるのですか?」

「なんで責めることになるのかな?君は自分で選んだんでしょう。その道を」

 そう言う医師の表情は嗤うでもなくなぐさめるわけでもなく、淡々としていて読めなかった。

「そう・・・・・・なんですけどね。迷っている自分がいます。このままで良いのかと」

「そうかい。ま、悩む時間があるのは良いことだよ。確かに言えることは何もせずに奇跡は起こる事なんてあり得ない。自分で掴もうとしないがぎり、都合良く降っては来ないんだよ」

 じゃあね、と医師は手を振って行ってしまった。僕は一人廊下に取り残されてなんとも言えない気分になっていた。

「あれ?来てくれたんだ!あのね、聞いて!先生が今度新しい治療を試してみないかって!身体に合えば良くなる可能性もあるんだって!私、頑張ってみる!」

 そう言う彼女をみて僕は思った。ああ、僕は臆病者だと。こんな所で立ち止まっていてはいけないんだ。僕は笑って彼女に言った。ある決意を胸に。

「応援するよ。遅くなったけどメリークリスマス。あと、僕も頑張ってみる。どこまで行けるかわからないけれどやってみるよ」

「うん!応援してる!一緒に頑張ろう!」


 そう言って笑った彼女の顔を僕は一生忘れることはないだろう。

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