11/29「夜」
日が暮れていく。ぼんやりとベランダから辺りが暗くなっていくのを見ていた。昼と夜の境界線が曖昧になるこの時刻は逢魔が時と呼ばれているらしい。『誰そ彼』そう呼びかける相手は果たして人かそれ以外か。ふとした瞬間にあの世とこの世の狭間に入り込んでしまう、そんな感じだった。
視線を部屋の中に移す。自分以外誰もいない空間。電気も付けずにいる真っ暗な部屋はまるで闇がぽっかりと口を開けているようである。そんな部屋に戻るのが少し怖くなった。もしあの闇に呑まれてしまったらもう二度と戻って来れない、そう思ったのだ。
だから、もう少しこのままで。ベランダの柵にもたれてため息をついた。柵の向こうには足場も何もない。独りが嫌で、この世界には自分以外の誰かが存在しているのだと感じたかったけれど。結局その誰かは自分を見ることなく、側を通り過ぎていくだけだと逆に思い知らされただけだった。
もう疲れた。自分に価値を見いだすことも、生きる意味を見つけるのも、独りで生きることも。どうしたら、この終わりの見えない迷路を抜けることが出来るのだろうか。
そんなことを考えていると、風が室内のカーテンを揺らすのが眼に入った。振り返ってみる。そこにはどこまでも続く群青色の空。ふいに思いついた。そうだ、こんなにも簡単な事だったんだと。どうして今まで気がつかなかったのだろうか。
私は呼ばれるように柵の向こうの世界に手を伸ばした。その表情はとても幸せそうなものだった。
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