無題
生まれてきてよかったと思ったことはあるだろうか
生きていてよかったと思う瞬間はあっても生まれてきてよかったと思うことはなかなかない
少なくともそれは私にとって、あまりにも重みを持って響く
では「生まれてきてよかった」と「生きててよかった」、いったい何が違うんだろうか
何かが決定的に違うことはわかるがそれを説明することは難しい
例えば生きていてよかったと思うのはどんなときだろう
美味しいラーメンを食べたとき、大好きなアーティストの音楽を生で聴いたとき、大きなお風呂に首まで浸かったとき
わたしは生きていてよかったと思うし軽々しく口に出したりもする
しかし生まれてきてよかったという想いは頭に浮かんだことすらないし、ましてや言葉にするなんてとんでもないことのような気がする
生きていてよかったというのは裏返せば死ななくてよかったということだ
人生の中で死にたいと思ったことは何度もあるし、死にそうになったこともある
だからこそ生きていてよかったと思う瞬間がある
生きていなかったら味わえない瞬間がたしかにあるからだ
「生きていてよかった」は生きたくなかった感情も同時に含んでいる
対して「生まれてきてよかった」という言葉は、生まれてきたことによって得た苦しみをなかったことにする
私が生きていてよかったと思っても生まれてきてよかったと思わないのは生まれてきたことによって得たたくさんの苦痛を無視することができないからだ
そしてそれを凌駕するような圧倒的な喜びにもまだ出会えていないということだ
だから先日の武道館公演でカネコアヤノが生まれてきてよかったとこぼしたときに衝撃を受けたのだ
「生まれてきてよかった」は生まれてきたことに伴う苦痛を無視するが、同時にその苦しみを乗り越えていなければ決して浮かばない感情だ
彼女はきっとたくさんの苦しみに耐え、生きていたくない夜も乗り越えてここに立っている、だからこそ生まれてきてよかったと口にしたのだと思う
いつか私にも生まれてきてよかったと思う瞬間は来るのだろうか
それはきっとずいぶん先のことになるだろうが、まだあきらめなくていいような気がする
そしてその瞬間を探すために私たちは生きていくしかないのだろう
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