「私はジャーナリストではない。ドキュメンタリストです」
「私はどちらの側でもない。ただ、市民の側にいます。赤十字は傷ついた市民のパスポートを確認したりしないでしょう。私も同じ立場です」
彼女の言動や、撮り続けた映像に興味を持ち、少し追いかけてみた。
まず、彼女が2016年に発表した『ドンバス2016』という記録映像作品をまだ見ていない人は、ぜひ見てほしい。50分ちょっとの作品だ↓。
これもYouTubeだといつ削除されてしまうか分からない。
もちろん、これだけフェイク報道や嘘で操るプロパガンダがあふれているから、私はこの作品も「フェイクではないだろうな?」という目で見た。
細部まで疑いの目で見たのだが、登場する人たちの一種ニュートラルな、というか、何か悟りきったような哀しい目が、淡々と事実だけを告げていると思える。
ああいう目をした人々の映像を、過去に何度も見てきた。例えば原爆投下後の広島、長崎の人たち。アウシュビッツに連れて行かれたユダヤ人たち……。
彼女も、フェイクだと言われることを意識していて、恣意的な編集や演出をしないという方針を貫いている。自分の意見は一切挟まず、現地の住民たちが話す映像と移動のときの風景映像をつないでいるだけ。
中でも印象的なのは犬たちだ。
人間と違って、犬は演技をしない。
映像にはあちこちに犬が映っているのだが、一匹もつながれていない。
誰もその犬たちをいじめていないし、ひもじくなっても殺して食べようとか、そういうことは考えもしないみたいだ。
犬をコートの中に抱いてインタビューに答えている女性もいた。
犬と人間が自然な関係を持って共生していた地域だということが分かる。
そういう平和な暮らしがあったからこそ、犬たちも、住民たちと一緒に悲しげな姿で、黙って生き抜いているのだろう。
炊き出し給食センターのようなところにいたおばあさんが「今までずっと戦争なんて知らないで生きてきた。平和な暮らしだったのに、人生の最後になってこんなことを経験するなんて」というようなことを淡々と語るシーンも印象深かった。
ああ、この地域は本当に平和で、穏やかな人たちが暮らしていたんだと思い知らされた。
西欧の資本主義社会から見れば、貧しくて、みすぼらしく、文明的でない暮らしなのかもしれない。しかし、そう感じる人たちよりも、彼らのほうがずっと上品で幸せな暮らしを営んでいたんじゃないだろうか……この馬鹿げた殺戮が起きるまでは。
映像に登場する人たちのほとんどが、自分たちの暮らしをズタズタに破壊する者たちに向けて、敵意よりも諦めのような言葉を淡々と吐き出している。
映画の最後に出てくる、兵士として志願した息子を失った夫婦の姿も深く心に突き刺さった。
妻は淡々と戦争の愚かさ、そして母親の哀しみを語っている。その横で聞いていた夫が、つい「ポロシェンコなんかオバマの尻の穴でも舐めていればいい」と口走ると、「そんな下品な言い方はやめて」と静かにたしなめる。
間違えてはいけないのは、これは『ドンバス2016』という作品で、6年も前の映像記録だということだ。ロシア軍がこの内戦に介入してきた2020年から現在にかけての映像記録ではない。
ドンバスの人たちを無差別殺戮しつづけてきたのはアメリカとNATOに軍事支援を受けたウクライナ軍なのだ。
それでもまだ、こうした映像がロシア側のプロパガンダだと言い張る人たちが多い。
アンヌ-ロール・ボネルの後ろにはロシアがついていると主張する人たちに対して、彼女は様々な場で「私は政治には関与しない」と言い続けてきた。
例えば、フランスのテレビ番組に出てきたとき、冒頭ではこんなシーンが見られた。
「あなたはジャーナリストと呼ばれることを拒否していますよね」と問われたボネルは、
「微妙なニュアンスの問題だけれど、私がやっていることはニュース報道ではない。現場に行き、起きていることを映像に記録していくことであって、ジャーナリストというよりはドキュメンタリー映像作家だ」というようなことを答えている。
ここでも彼女は「私はロシアの代弁をするためにここにいるわけではない。私は反ウクライナでも親ロシアでも反ゼレンスキーでも反キエフでも反ロシアでもない。議論のバランスをとりたいだけだ。バランスが崩れて大量殺戮が起きてしまったのだから」と主張している。
(※この番組を英訳してYouTubeにアップした人がいたが、著作権問題が理由で削除されたそうで、代わりにその番組内でのやりとりを英訳したものを⇒ここにのせている。)
「記録するだけだ」という彼女の姿勢はあちこちに見られる。
彼女はロシア侵攻後のウクライナにまた入って、実際に何が起きているかを記録し続けた。
最近ネットにUPされた映像があるが、これはYouTubeの自動翻訳を英語にするだけでもある程度内容が分かる。
私の拙い英語理解力で、なんとか日本語訳を試みてみる。
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フランス語⇒英語⇒日本語という変換なので、分かりにくい部分や、おかしなところがあるとは思うが、きれいにまとまっていないことにかえってリアリティを感じる。さらには、彼女が痛々しいほどに自分が撮っている映像がフェイクやヤラセではないということを示そうとしているのが分かる。
取材映像の前に、同じくらいの時間をかけて、これから見せる映像がどういう状況で撮られたかを説明している。
登場する青年の顔にぼかしを入れているのは、彼の家族がまだマリウポリに残っていて、正体が分かると怖いから安全上の問題から隠している。彼がロシア人ではなくウクライナ人であることの証明としてIDカードも提示してもらっている、と説明しているようだ。
インタビューの中で、彼女は最近話題になった産婦人科病院が爆撃されたという映像報道の真偽について「私たちはすでにあの病院は空になっていて、兵士が駐留していたと聞いているが、そうなのか」と青年に確かめているが、青年はそっけなく「知らない」と答える。
自分がマリウポリを脱出する前までは病院は機能していたが、あれは自分が出た後のことなので分からない、と。
最後にボネルが「フランスでこれを見ている人たちへメッセージがあるか」と言うが、青年はこれもぶっきらぼうに「ない」と答えて、さっさとインタビューを終わらせたがっている。
ボネルがロシアに都合のいい映像を作ろうとしたら、このようなぶっきらぼうな青年を使うだろうか。もっと演技をしてくれる「役者」を使うだろう。
答えている青年は苛立ちと憔悴を見せながらも、はっきりと「虐殺はアゾフがやった」「アゾフは自分たちが殲滅されるのを恐れて、住民を人間の盾にしている」と明言している。
この映像からも、私はボネルの仕事の真面目さを感じるのだ。
ロシアの侵攻が始まってからは、プロパガンダを目的としたフェイクや偏向報道はどちらの側にもあるだろう。
ボネルはテレビ番組に呼ばれた際、自分のドキュメンタリー作品はフランスのどのテレビ局に持ち込んでも拒絶された。ウクライナ軍がロシアに近い自国民を無差別殺戮をしていることはヒューマンライツウォッチなどのサイトを調べれば出ている、と主張する。
しかし、皮肉なことにそのヒューマンライツウォッチのサイトでも、現在はロシア軍の戦争犯罪行為を次々に告発している。いやもう、何が事実なのかが分からない泥沼の情報戦争……。
しかし、少なくとも、2014年のマイダンクーデター以降に始まった「ロシア語を話すウクライナ人は消してしまえ」という異常な国粋主義者たちによる殺戮行為のことを、我々日本人はほとんど知ることがなかった。しかし、ロシア侵攻後には、毎日嫌というほど悲惨な映像を見せられている。それがすべてロシア軍によるものである、許すまじロシア! という論調一色で。
キエフから、日本の商社マンを経て現在は事業を興しているという男性がゼレンスキーを絶賛する姿が連日のように日本のテレビで流されたが、ドンバス地域で農業や鉱山労働をしながら静かに暮らしていた「ロシア語を話すウクライナ人」たちの声は聞くことがなかった。
これこそメディアコントロールの怖ろしさではないのか。
最後にもう一つ、アンヌ-ロール・ボネルが戦闘地域のそばでインタビューに答えている映像も。
彼女のフェイスブックページを見てみたが、残念ながらフランス語だけで、全然分からなかった。
彼女はロシアから資金援助を得ているというコメントがネット上にたくさん出てくるが、それに対して彼女は「フランスのテレビ局やネット配信会社に持ち込んでもことごとく拒否され、当初はロシアだけが放映を受け入れてくれたのだ」と説明している。
とにもかくにも、ここ2年間は、いろんな視点を持つ訓練をさせられてるなあ、と思う。