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コーチ物語 〜幸せの歩き方〜 第七章 そしてそこにあったものとは

「かんぱぁ〜い!」
「笠井さん、おめでとう」
「ありがとうございます。ありがとう」
 日本料理のお店、だるま屋。羽賀さんの行きつけで、居酒屋価格でちょっと本格的な日本料理が食べられるというお店。
 目の前には鯛の活き作りや伊勢エビ、さらには和風の創作料理が所狭しと並んでいる。
 今日はここで、私の結婚披露パーティーを羽賀さん達が開いてくれた。
 羽賀さんやミクさん、そして舞衣さん。舞衣さんのお花屋さんに勤めている吉田さん夫婦も一緒だ。
 またコンビニのオーナー夫婦もわざわざ時間を割いて来てくれている。そしてこれから事業を一緒に始める藤本さん。他にもこの数ヶ月間で得意客になってくれた方も数名。総勢二十名ほどの小さな披露宴ではあるが、この人達の心のこもった拍手に、私も由梨恵も終始にこやかであった。
 クリスマスイブのプロポーズから三ヶ月。由梨恵や海斗、そして明日香は私の住むところへ引っ越しをしてくれることになった。
 三ヶ月もかかったのにはいろいろと事情がある。
 まず海斗の転校問題。やはりキリのよいところまで前の学校に行くのがいいだろうということで、学年が一つ上がるこの時期まで待った。
 また由梨恵の仕事の問題もある。元の夫と復縁したからすぐに辞めます、というわけにはいかない。仕事の引き継ぎなどのこともある。
 また由梨恵が勤めていた保険会社はこの土地にも支所がある。前に勤めていたところの所長さんの口利きで、こちらの支所に勤めることになった。その手続きなどにも時間がかかった。
 そして父の問題。
「笠井さん、お父さんの具合はどうなの?」
 舞衣さんが私にビールをつぎながらそう質問してきた。
「おかげさまであれからリハビリを続けてくれましてね。言葉とかは大丈夫なんですけど、少し右半身にしびれがきているみたいで。でも羽賀さんのおかげでリハビリに意欲を出してくれていますよ」
 父は障害が残る可能性があると言われていた。幸いにして言葉や記憶には問題ない。が、右半身にしびれがあり、日常生活に支障をきたしている。
 医者からはリハビリを続ければ、元のようにとはいわないが日常生活に困らない程度には回復するだろうと言われていた。だが、父はやる気を失っていた。
 このときに羽賀さんが父にコーチングをしてくれて、この先の目標を見つけてくれたのだ。その目標とは「孫が楽しむためのブランコを手作りする」というもの。そのために今では毎日リハビリに励んでいる。
 今日もこの席に来て欲しかったのだが、こんな体では迷惑がかかると言って父は辞退。母も父に付き添う必要があるため欠席となった。
「そうそう、笠井さんって人命救助したんでしょ。すごいわよねぇ」
 ミクさんが突然その話題に振ってきた。
「確か奥さんにプロポーズした日でしょ。笠井さんのおかげで助かったんですよね」
 由梨恵にプロポーズをしようとしたあの日に起きた事故。助手席に突っ込んだ車をどけようと、周りにいる人に呼びかけて協力してもらった。
 あのあと、私は由梨恵の元に走っていったので、助手席に乗っていた女性がどうなったかは知らなかった。
 だが、年が明けて突然私のところに一本の電話がかかってきた。どこでどうやって調べたのかはわからないが、あのとき助手席に乗っていた女性の母親からだった。
 話によると、私が去ったあとにレスキュー隊が来て、助手席のドアを解体して助かったそうだ。突っ込んだ車をどけなければ救出にもっと時間がかかり、命は助からなかったかもしれない、ということ。
 その報告を聞いて、私もちょっとうれしかった。
「でも笠井さんってかっこいいよねぇ。私もあんなプロポーズされてみたいわ」
 ミクさんは私を茶化すようにしてそういった。
 だが、私はまんざらでもない。今思えばドジなところもあったが、だからこそ由梨恵も私の言葉に納得してくれたのだろう。
 私が完璧なスーパーマンのような人間だったら、きっと由梨恵は
「あなただったら一人で暮らしていけるわよね」
と言っただろう。お互いに寄り添いあい、支え合いながら生きていく。これが夫婦のあり方なのだな。そう思っている。
「ねぇ、舞衣さんはどんなプロポーズされたいの?」
 由梨恵が舞衣さんに話を振った。舞衣さんはちょっと照れながら下を向く。下を向きながらも、視線が羽賀さんに向いている気がしていた。当の羽賀さんはここの店主のはっちゃんやオーナーと陽気に騒いでいる。
「羽賀さんにもそろそろこの手のコーチングが必要なのかな? ミクさん、一番弟子として羽賀さんにコーチングをしてあげてよ」
「イヤよっ。だって羽賀さんのプロポーズをうけるのは私なんだからっ」
 ミクさんはプクッとふくれっ面をしてそう言った。これが本心なのか、それとも舞衣さんの気持ちをもり立てるためなのか。そのあと、場は大きな笑いで包まれていた。
「ではそろそろ、新郎の笠井さんから一言お願いします」
 場も一通り落ち着いたときに、羽賀さんが私にそう振ってきた。
 特に言葉を考えていなかったのだが、周りのみんなからの拍手にせき立てられて、意を決して立ち上がった。
「え〜、ご来席の皆様。本日は誠にありがとうございます」
 いきなり堅苦しいあいさつになってしまった私。この瞬間、ちょっと場の空気が沈んでしまった。
 やばい。そう思った瞬間、私は緊張。声が出なくなった。
 そのとき、横にいた明日香が私の右手を握ってくれた。とても暖かい手。すると今度は左手を海斗が握ってくれた。
 二人の子どもは私の目を見ている。横を見ると、由梨恵がにっこりと微笑んでくれている。そして私と一緒に立ち上がってくれた。
 一度大きく深呼吸。みんなの顔をゆっくりと見る。
 そうか。今私たちの家族をこれだけたくさんの人が見守ってくれているのか。そして、この先もこの人達と一緒に進んでいけるのか。そう思ったら、今までの緊張感が今度は安心感へと変わっていった。
「みなさん。今日は本当にありがとうございます。思えば二年前。私は一度家族を失いました。これも私がふがいないせいです。一度は自暴自棄になりました。もうどうにでもなれ。そう思ったのです」
 言葉の方が先に出てくる。私自身がこの先何をしゃべるのか予想もつかない。だがその思いに反して、私の口からはどんどん言葉が飛び出してくる。
「しかし一年前。私はある人と出会いました。その一年前にこの人と出会わなければ、今の私はなかったでしょう。羽賀さん、あなたがいてくれたおかげでわたしはここまでやってこれました」
 みんなの視線が羽賀さんに集まる。羽賀さんはビックリした表情。
「羽賀さんがいなければ、私の人生はあのままでした。なにが幸せなのか、何が成功なのか。それをコーチングで教えてくれたのが羽賀さんです。そのおかげで、私はようやく自分の足で歩くことに気づきました。幸せとは降ってくるものではない。自分の足で動いて、自分の手でつかみに行くものだ。そして、その幸せは誰にでもある。いや、私たちは幸せにならないといけないんです」
 私は海斗と明日香の手をギュッと握って、そして一度由梨恵の方を見て、さらに言葉を続けた。
「周りの人を幸せにするには、まずは自分が幸せをつかまないと。だから私は行動を起こしました。仕事を立ち上げ、家族を取り戻し、そして仲間を増やし。でもこれがゴールではありません。やっとスタートラインに立ったところなのです。そして、一生このゴールを追い求めていく。これが私に課せられた使命なのです。皆さん、そのためにこれからも私に、そして私の家族に、力を貸して下さい。私も皆さんのために全力を尽くして幸せを提供していけるよう頑張っていきます。これからもよろしくお願いします」
 割れんばかりの拍手。その拍手を聞いて、私は目頭が熱くなってきた。
 これだけの人が支えてくれているんだ。これからこの人達のために、いや、もっと多くの人のために幸せを追い求めていくぞ。このとき、私は固く決心した。
 結婚披露パーティーも終了。帰り道、私は羽賀さんにあらためてお礼の言葉を述べた。
「本当にありがとうございます。羽賀さんとあのときに出会っていなければ、今の私はなかったですよ」
「いえいえ。というよりもボクと笠井さんの出会いってすでにプログラムされてたことなんですよね」
「え、どういうことですか?」
「あの出会い、偶然じゃないんですよ。といってもボクが意図したことでも無いんですけど。神様はね、人を幸せにするように全てをプログラムしてくれているんです。でもね、そのプログラムに気づかないまま、神様の意に反した行動をとってしまうことがほとんどなのです。そこに気づくか、気づかないか。それだけの違いなんですよ」
「なんとなく言っている意味はわかります。でも、羽賀さんは私との出会いにそれを感じていたのですか?」
「ボクはね、全ての出会いにその意味が込められているって思ってます。だから一つひとつを大事にしていきたい。もちろん、一回で終わっちゃう人もいます。しかしそこにも何かの意味はあるはず。そう考えたら、毎日の出会いが楽しくなっちゃって」
 なるほど、これが羽賀さんのパワーの秘訣なのか。
「ありがとうございます。私もその気持ちでこれから生きていきたいと思います。あ、そうだ。ここまで私にはずっと無料でコーチングしてくれたじゃないですか。何かお礼をしなければと思っているのですが」
「あぁ、そのことですか。だったらもう報酬はいただいていますよ」
「え、どういうことですか?」
 報酬、なんて私は渡したことがない。もちろん妻の由梨恵が渡しているとも思えない。だが羽賀さんの次の言葉に私はびっくりした。
「今日ね、仕事を三件いただきました。一件は藤本さんです。笠井さんとやる事業に対して、そして現在のスタッフに対してのコーチングの仕事です。笠井さんをここまで行動的にしたことに対して評価していただいたようです」
 なるほど。藤本さんならそうするだろうな。
「二件目はコンビニのオーナーから。前々からちょこちょことコーチングはしていたんですけど、今度は従業員教育をしたいから、ということでした。長期的にアルバイトやパートの方の指導をすることになりましたよ」
 オーナーもやるな。さすがだ。でもそれと私とは関係ないはずだが。
「オーナーはね、笠井さんがどんどんやる気になった姿を見て不思議がってたんですよ。そしたら今日、笠井さんが私のおかげだって言ってくれたから。だから即依頼してきたんですよ」
 なるほど。そういうことだったのか。
「そして三件目。これが大きいんですよね。実はある企業の研修を長期でいただくことになりました」
「え、それはすごい! でもそれこそ私と何か関係があるのですか?」
「えぇ、大ありですよ。実は今日いらした方で笠井さんのお客さんに金原さんっていたじゃないですか」
「はい、あの方は個人で私に依頼してくれた方で、パソコンは持っていたけれどなかなか活用できなくて困ってらしたかたです。確か仕事で使わなきゃいけなくなったとかで。持っていたのが古いタイプだったのですが、買い換えるのもどうかと思っていたらしくて。だから格安でスペックアップしてあげて、あといろいろとソフトの使い方なんかを指導しました」
「で、金原さんってどんなお仕事をしていたか知ってますか?」
「そう言われれば知らなかったなぁ。結構立派なお宅に住んでらしたのは覚えてますが」
「実は金原さんって、金原食品の社長さんだったんですよ」
「えぇっ! それは知らなかった。金原食品って、地元の農産品をうまく活用して、今ではレストランチェーンもやっている、あの金原食品ですか」
「そうなんです。笠井さんが生き生きと仕事をしている姿を見て、前々から興味を持っていたそうです。金原さんもそろそろ二代目に会社を引き継ぎたいみたいで。その二代目のコーチングと社員研修を依頼されました。これもすべて笠井さんのおかげですよ」
「いえいえ、私は何も」
 でもここでわかった。そうか、私が幸せに暮らす姿を見て、そこに興味を持つ人も多いんだ。そしてそこからどうしてそうなれるのかを知りたい人が増えていく。
 ここで羽賀さんを紹介すれば、羽賀さんにとっては仕事になる。そうすれば、羽賀さんを経由してさらに多くの人が幸せになれる。これが幸せの連鎖ってやつなんだな。
「笠井さん、本当にありがとうございます」
「いえいえ、お礼を言いたいのはこちらの方ですよ。ありがとうございます」
 二人で頭をペコペコ。
「ねぇ、ママ。どうしてパパはあんなふうにしてるの? なんかおもしろい!」
「ふふっ、そうね。でもね、パパの顔を見てごごらん。とっても楽しそうでしょ」
「うん、明日香もあんな風になりたいなぁ」
「ボクもだよ。今のお父さんみたいに、ずっと笑っていられるようになりたいな」
「そうね。でも大丈夫よ。きっとパパが海斗や明日香に、そしてママにも幸せを運んでくれるから。でもね、海斗も明日香も自分が幸せになりたいと思ったら、まずは自分でそれをつかみに行かなきゃ。パパみたいにね」
 こうして私の物語は第一幕を終えた。
 そしてこれから、この家族と、そして多くの仲間と一緒に新しい生活がスタートする。
 笠井慎一郎、幸せを更につかんでいく人生はこれからだ!

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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