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偏食戦争①

序章

私はマヨネーズが大好きだった。

おかずにはもちろんのこと、サラダやごはんにもマヨネーズをかけて食べるのが日課になっていた。卵のコクとビネガーのさっぱりとした酸味にどうやら私の脳はやられてしまったらしい。今日もひとしれず、優雅な晩餐を堪能している。

 世間ではなんにでもマヨネーズをかける人をマヨラーと呼ぶ。ケチャップの場合はケチャラーだ。私の通う公立校は、全校生徒の9割がケチャラーだ。頭がおかしいと思ったかもしれないが、この世は多数派が正義なのである。だから当然私たちマヨラーの肩身は狭い。自分の席は当然誰かに座られているし、私が席になることもしばしばある。休みの時間なんかは、トマトの生産地を復唱させられることすらあったのだ。だがそんなものは生ぬるい。本当の地獄は給食の時間だ。この学校の給食は一年中オムライスなのである。これは生徒会、PTAがケチャラー過激派だったことが原因であり、決して給食のおばちゃんや栄養士さんが悪いわけではない。私たちマヨラーはマヨネーズを愛する戦士であると同時に紳士でなくてはならない。だから、ケチャラーにも寛大な心で受けれてきた結果がこれだ。現与党の自民党はケチャラー選民思想をプロパガンダで大々的に広め、一方でマヨネーズ愛国者たちを一人残らず味の素刑務所へ留置した。このニュースを見た隠れマヨラーたちはいつ自分たちが捕まるかもわからない不安に苛まれながら生活をしている。

 今のところ私は、周りにマヨネーズが好きなことはバレておらず、あくまでもケチャップを好きではない人、すなわち非ケチャラー民という扱いになっている。そんな非ケチャラーの私にも数少ない友だちがいる。その1人が留学生外国人のトムだ。トムは名前の通り童貞なのだが、身長は180cmを超えており、最初に合ったときは無口な大男という印象だった。実は彼はマヨラーではないのだ。彼は日本人でも引いてしまうほどのあんこ好き、すなわち「大納言」というカテゴリーの民族なのである。そんな彼はアメリカ人なのだが、砂糖で煮た豆を食べる習慣のないアメリカではかなり虐められたようだ。しかし、彼は私とは違い、あずきバーのように屈強な精神を持ち合わせており、周りからの誹謗中傷は痛くも痒くもなかったようだ。ただいじめっこを半殺しにした後、おはぎを詰め込んだ罪で、母国から追放されたようだ。
 
そんな彼がある日私にこう言った。
「マヨネーズを作っている工場があるらしい。」
私はその言葉に驚愕した。なぜなら、日本でマヨネーズを製造することは違法、最悪の場合死刑になるからだ。
「どうしてそんなことを知ってんの?」と私は恐る恐る質問した。
すると彼は
「昨日の夜、黒服スーツの男が来て名刺を渡してきたんだ。そこにはマヨネーズ製造最高責任者と書いていた。どうやら昨日来たあいつがマヨネーズの親玉ってことだな。」
「なんでそんな偉い人、というかヤバイ人が君の家に?」
「おそらく麻薬作ってる奴が麻薬の売人を探しているというところだろうな。」
だとすれば、要件を言うだろうし、ただ名刺を渡しきてたというのはどうも怪しい。
「ちょっとその名刺見せてみてよ。」
そこには、ありふれたレイアウトで会社名と住所、そして代表者の名前が書かれていた。
「木島竜也」
いくらスマホで検索してもそんな名前はでてこなかった。もしかしたら、度を過ぎたイタズラだったのかもしれない。だとしたら、見知らぬ巨漢男の家に行った恐れ知らずの顔をぜひとも拝んでみたいと私は思った。
『トム、多分あんたその黒服スーツに馬鹿にされたんだと思うよ』 
「なに?そうだったのか?俺はてっきり友達になりたいんだと思ってたんだけどな。」
彼にはどうやら貞操というものがないらしい。この様子では見知らぬホームレスに同情して家で匿いかねない。そんな彼の未来を案じた私は、心を鬼にしてトムにアプローチをしかけてみた。
『この人の名前調べてもでてこない。ってことは、最初から会う気がなかったってことなんだよ。必死に探してるあんたを想像して酒の肴にしようって魂胆だろうね。』
「そんなろくでもない奴だったなんて。でもこのまま何事もなく帰るのは気に食わないな。今からそいつを見つけ出して説教でもしてやろうじゃないか。」

 心を鬼にとは全くの嘘で、本当は一人で黒服を探すのは気が引けるから、トムをおだててその気にさせたということだ。彼の純粋さにはいつも助けられてばかりいる。ひとまず、私たちは名刺に書いてある住所まで行ってみることにした。現在地からは歩いても20分くらいで、夕飯までには帰れる距離だと思ったからだ。

 私は黒服の招待が気になってしかたがなかった。それは、変質者を見つけたときの悪意ある高揚感もあるにはあったが、もしかするとこの世界を買えてくれる革命者なのではないかという期待もあったからだ。

 そもそもなぜ私たちは1つの調味料を使うだけでこんなに非難をされねばならないのか。それは、戦国時代末期に真夜寝伊豆という名のある茶道家が湯呑みに注いだ、いやぶちまけて客に勧めたことが始まりとされている。その客というのがロシア人外交官のソボク・ナ・アジスキーだった。彼は、塩分や余分なもの入れず素材本来の味を引き立てた料理を好んでおり、最初に日本を訪れた際の食事会では、出された料理の塩味に耐えきれず、常備していたセロリをかじり続けていたという。しかし、自然な味わいを求めたアジスキーだったが、必要な塩分を摂取できておらず、会議中に目眩を起こし倒れ込むということもしばしばあったという。そんなアジスキーを見かねた、寝伊豆は、彼が大好物のセロリと食べ合わせが良く、なおかつ栄養が多く含まれる食べ物はないかと考えた。寝伊豆は茶道のかたわら、栄養学について学び、ソボクに足りていないのはたんぱく質と脂質であることに気付いた。それらを一気に取り込める秘薬、そう、それこそがマヨネーズの起源だったのだ。

 しかし、その当時卵を生で食べる文化は無く、それを外国の役人に食べされるということは考えられなかった。そもそも、万世教がそれを許さない。万世教とは平安後期から現れた宗教で、世界平和、自由謳歌を掲げている。信者は最大多数の幸福を重視しており、いかなることがあろうとも多くの人が得をする選択をしなければいけないということだ。つまり、一人の役人を救うために得たいの知れないものを勧めるという行為は国の信用そのものを貶める行為であり、万死に値するというわけだ。万世教信者は幕府、朝廷内に何人もいるため、迂闊なことはできない。だが、寝伊豆にはある考えがあった。実は、ソボクが療養のため自分の茶が飲みたいとの知らせが来ており、そこで秘薬を飲ませようと思ったのだ。茶室に入れるのは自分と彼だけ。そうなれば、大事にならずに彼を救えると思ったのだ。そして、茶会当日、寝伊豆は湯呑みの中に秘薬を入れ、ソボクにこう言った。
「これはあなたを思ってのことなのです。これされ食せば、容態も良くなるでしょう。」
しかし、そのときのソボクは栄養失調のせいかまともな判断ができずにいた。彼は秘薬の鼻をつんざく匂いをかぎ、怒りをあらわにした。
「こんなものを俺に食わせようとしたのか。まさか毒ではないだろうな。」
結論からいうと、茶会での暴挙は失敗に終わり、寝伊豆は国の外交を乱したとして斬首刑となった。

 ソボクがそのことを知ったのは帰国後のことだった。彼は茶会の後、意識がなくなり、そのまま安静のため、日本の間者によって国に帰されたというわけだ。
彼は目覚めともに心臓が引き締められる感覚に襲われた。それは、寝伊豆を彼が殺したも同然だったからだ。後々の調べで分かったことだが秘薬に毒性はなく、むしろ彼に足りない栄養素を補ってくれることが分かった。そのとき、彼は寝伊豆に感謝すると共に、一生をもって償って行こうと決意した。ソボクはそれ以降、出世街道から道を外れ、寝伊豆の秘薬を再現する術はないか研究活動を二足のわらじで行うことにした。だが、その活動も永くは続かなかった。活動から2年と少しが過ぎた頃、外交で南方の国に行く途中、砂漠の部族に襲われ、ソボクはその短い人生に幕を閉じた。日本では、寝伊豆は人助けのために国益を揺るがす反乱者、ソボクは反乱者を支持する変人として語り継がれている。

ここからは私の憶測だが、ソボクが死んだのは偶然ではないと思う。彼は恐ろしい事実に気付いてしまったのだ。それは刑の執行後、ソボクの症状がぴたりとおさまったということだ。栄養失調であったとすれば、回復までに時間はかかるだろうし、そもそも茶会のとき、彼は秘薬を口にしていなかった。だとするならば、茶会での彼の症状は意図的に何者かによって起こされた可能性が高い。ソボクはそれに気付いてしまったのではないか。それで彼は、寝伊豆の仇を伐つため、南方の国へ行き、秘薬の信者を集めていたのではないか。これはかなり無理がある考えだが、妄想好きにはたまらない展開である。

 そう考えるならば、現社会のマヨネーズ論争は、時代を超えた、ソボクと万世教の戦いなのではないかと考えられる。
しかし、まだこれだけではない気がする。万世教はいくら偏った幸福論を持っているからといって今まで朝廷に尽くした茶道家を1つの過ちで極刑を命じたところにはどこか違和感を感じる。そして、その秘薬の材料は未だに公表されていないのだ。ちなみに、この秘薬というのは私が今朝大量に摂取してきた普通のマヨネーズとは異なるはずと見ている。
つまり、現政府は秘薬の製造法を知っているが、それを知られては不味いということ。特に海外に漏れては収拾がつかないからだろう。

 例のマヨネーズ工場は、わざわざ危険な真似をして家庭でこっそり作れるような普通のマヨネーズを作っているだろうか。そんなわけがないはずだ、この扉の向こうにはきっと何かが隠されてる。そして、黒服は私たちにその何かを共有しようとしているのだとしたら?

〜つづく〜

引用
ヘッダー画像:[まっくす]さん

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