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早々に結婚して子どもを育てるのが優等生だと思ってたあの頃

大学を卒業して就職して3年目くらいで落ち着いたら、今付き合っている彼氏と結婚して、そこから2年後くらいに子どもを産む。

大学卒業のときになんとなく考えていた人生設計だ。
私が描いていた私なりの「優等生なルート」

そんな簡単に行かないのが人生である。

結婚して子どもうむってめちゃくちゃ凄いことやん

と、今は思う。
そもそも、お互いに好意を寄せ合い、当人だけの関係性をいちから築き上げる。
そして、結婚しましょうそうしましょうと互いに確認を取り、両親に挨拶をし、両家から認められ(そうでないこともあるかもしれないが)籍を入れ、各々の家庭や仕事の事情を考慮した場所に住まいを構える。
そこからさらに、キャリア設計や経済状況なんかも考えつつ、子どもを生んで育てる。
自己完結では決してできない。

大学卒業当時、ありがたいことに私を好きになってくれお付き合いをしていた人がいた。その時点で3年くらい付き合っていただろうか。
「就職して落ち着いたらこの人と結婚する」と思っていた。
が、残念ながら就職して2年目、結婚しましょうそうしましょうという意思疎通までしたのに色々あってうまいこといかず、お別れすることになった。

この時点でわたしの優等生ルート失敗である。

なぜ別れたかはここでは書かないが、そうやって互いの人生観を合致させて入籍まで進むというのは相当なハードルがあることはこのとき知った。
「結婚なんて勢いやで」なんて言葉を諸先輩方から聞くけど、勢いで両家顔合わせや物件選びや式場探しやあんな体力も精神も必要なことできるのはほんとに凄いと思う。家族とそういうことを話しやすい環境かとか、パートナーと相談事ができる関係かとかありそうだけど。

その後も、母親が結婚も出産も早かったので、なんとなく私も子どもをうむなら30歳までという思いがあり、それなりに焦っていたのだが。
もう間に合わないところまで来てしまった。

いや、そもそも優等生ルートって誰が決めた何よ

さらに転職、大学を卒業する頃に思い描いていた安定した人生設計からの逸脱パート2。
でも、色々外れたことで見えてきたものもある

「そもそも私、結婚したかったけ?子ども欲しかったっけ?」

そりゃもちろん、愛し愛され絶対的な味方でいてくれるパートナーがいるにこしたことはない。
でも、どこか世間体とか自分の中の理想が先行して、30歳までに結婚することが目的にはなっていなかっただろうか。
絶対にそれは結婚でないといけなかったのだろうか。

子どもも、体力やリスクを考えたら早いほうがいいんだろうけれど。
自分が生きるのに精一杯なこの状況で人間を一人育てることなんてできるのか。子どもがめちゃくちゃ好きというわけでもないのに。

というか、優等生なルートって自分の中で勝手に決めていたけれど、誰が定義づけた何だ?成績表が出るわけでもないのに。

今の私は、食いっぱぐれないスキルを身に付けて、好き勝手に生きたいのではないか。

そう思ったら、こうでなければ、というルートが無くなって、この先本当にやりたいこともちょっと見えてきた。

もし本当に食いっぱぐれないスキルを身につけたら、好きな街に住みたい。

自由に動き回りたい、というのが今の私の理想かもしれない。東京も今は苦手だけど、住んでみたら価値観変わるかも。2年くらい試しに北海道に住んでみたい。最後はふるさとに帰らないとと思っていたけれど、帰りたくなかったらその時はまた考えればいい。とりあえず死ぬときに身辺整理できるほどの財力はないと。

それも人生、これも人生。

結婚や、子育てをした人は本当に尊敬する。
生命体は子孫を残してなんぼだろ、少子化に歯止めをかけろよ年金貰えなくなるだろとか、独身女の遠吠えとか言われたらツラいものがあるけれど。

人生何に重点を置くか、どんな価値観で生きるかは、その人によってしかもその時々で変わっていいと思う。思い通りにならないこともあるけど、その時はその時で別の行き方も見えてくる。

これだけ書いておきながら、数年後にはやっぱり運命的な出会いあるいは寂しさからパートナーが欲しい、結婚したい、養子でもなんでも子どもを育てたいと思うこともあるかもしれない。その時はそれでいいじゃないか。

7年ちょっと前の私よ、優等生なルートなんてこの世には無いよ。

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