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超 剥離学


剥離の優劣で手術の優劣は決まる

外科手術において、剥離は非常に重要な手技です。
そもそも外科手術というものは、終始剥離操作の連続です。例えば鼠径ヘルニア の手術は、ヘルニア嚢を明らかにするまでに何層もの膜を剥離して解剖していかなければなりません。腸閉塞の癒着剥離術などは、剥離そのものが手術の目的です。癌の手術、虫垂炎や胆嚢炎の手術なども剥離操作はなくてはならないものです。
このように手術の大部分を構成するのが剥離操作であるため、剥離操作の上手い下手によって、その外科医の手術が上手いか下手かが判断されることがほとんどです。

しかし、このように剥離の重要性はどの外科医も認識しているのですが、剥離についての正解を理解できている外科医はおそらくほとんどいません。
また、剥離が上手い外科医も、直感的にしか理解できていないことが多いと思います。
皆さんもこんな経験はないでしょうか?
指導医から、『ここにテンションをかけて』と言われたけど、やってみたら違うと言われた…そして、自分では何がどう違うかよく分からない。
後輩に『ここをこんな風に引っ張ってテンションをかけるんだよ』とやってもらったけど何か違う…だけど、自身のやって欲しい展開との違いが言葉にできない。

これらはどれも理想的な術野展開という共通のゴールがはっきりしないまま、テンションをかけるという手段しか説明していないために生じています。これではまるで、目的地を言わずに、『電車で来て』とだけ言うようなものです。これでは、どの電車に乗って、何時に何駅に行けば良いのか全く分かりません。
これは非常に大きな問題点です。
理解できていないということは、言葉にできないということです。
言葉にできないと、なぜ自身の剥離が成功・失敗したのか反省できません。また他の外科医に剥離について教えてあげることができなくなってしまうということです。
私は、このようなシーンを何度も経験したり見聞きしたため、良い剥離というものをきちんと認識できる形にしたいと思い、このnoteを作りました。


剥離とは

剥離とは、組織①から組織②をはがし取ることです。
また、癌の手術においては、郭清とほぼ同義です。

剥離の4つの要素

①剥がすもの
②剥がされるもの
③剥がす場所(=層)
④剥がす範囲

剥離の原理

そもそも組織①と組織②は生体内では癒合しており、隙間(剥がす場所)がはっきりとはわからなくなっています。
そこで、その隙間に適切な『テンション(緊張)』をかけます。
すると隙間が広がって、剥離可能な『層』が生まれます。
この剥離可能層を電気メスや、超音波凝固切開装置などの機械を使って切ることによって、組織①と組織②が2つに分かれます。
このようにして組織①から組織②を2つに分けて剥がし取るのが剥離と言うわけです。

重要なのは層を作り出すテンション

ここで重要なのは、適切なテンションをかけなければ、剥離可能層は見えてこないと言うことです。
剥離可能層が見えなければ、剥離を行う事はできません。
そのため、どの外科医も、『層を作れ』『テンションをかけろ』『引っ張れ』と言うわけですね。

剥離可能層は適切なテンションによって形成されます。
では、『適切な』テンションって一体何?
という疑問について考える必要がありますね。
ここでは、『この手術のこの場面ではこう引く』というような枝葉末節の話ではなく、もっと根幹を成すテンションの基礎を語りたいと思います。
ぜひご覧ください。

テンションについて考える

テンションとは

外科手術におけるテンションとは、剥がすものと剥がされるものとの間に、外科医が加える引っ張る力のことです。

テンションの構成要素

テンションを、構成するのは

引く力の強さ
引く力の方向

の2つの要素です。

テンションはベクトルで理解する

方向と大きさをもつ量と言えば…そうです、ベクトルがありましたね。
ベクトルで考えると、テンションの話が分かりやすくなります。


理想的なテンションの強さ

理想的なテンションの強さは、最低必要域値以上かつ最大安全域値以下の範囲内でなるべく強い強さです。

まずは比較的単純明快なテンションの強さについての説明です。
強く引けば、それだけ大きく剥離可能層が広がり、より楽に安全な剥離が可能になります。
しかし、引く力が強すぎると、組織が意図しないところでちぎれてしまいます。
そうかと言って、引く力が弱すぎると、剥離可能層が狭すぎて、電気メスなどの機器を使う時の安全性が確保できません。

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イメージとしては上の図のようになります。
上の図で説明すると、引く力が弱すぎると電気メスなどのデバイスが入り込む隙間ができず、剥離することができません。
強さが60以上になると、デバイスが入り込める隙間、すなわち剥離層が生まれます。
そして、引く力が増していくほど、層が広くなり、安全かつ効率的な剥離が可能になります。
気をつけたいのは、最高なテンションの強さが100であっても、それが101になると、副損傷が起きてしまうので即アウトであるということです。
そのため、安全域を考えて100は狙わず、90くらいを目指して引くことになります。

そこで、
『剥離可能層が形成されるために最低限必要な力の強さ』を『最低必要域値』
『副損傷を起こさない最大の力の強さ』を『最大安全域値』
『最低必要域値から最大安全域値までの範囲』を『剥離層形成範囲』
と定義します。

これらの用語を用いると、適切なテンションの強さとは、
安全に剥離できる最低限の域値(最低必要域値)以上
副損傷を起こす上限の域値(最大安全域値)未満
の範囲(すなわち剥離層形成範囲)内であることが絶対的な必要条件となります。さらに、
上記の範囲内で可能な限り強い方が、広い剥離層が形成されるため効率が良くなり望ましい
と言えます。

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