わたしの足に合う靴は?シンデレラの靴は、外反母趾になるし。
また、自転車を漕いでると、書きたいことが、浮かんだ。
シンデレラ、女子の憧れをこめて、使われる名称。
かくゆう私は、高校卒業記念に、演劇部の友人と、女優の切符が手に入る東宝シンデレラコンテストに応募して、見事に書類選考で2人とも落ちた経歴がある。シンデレラに選ばれたのは、同じ年齢の、沢口靖子さんだから、田舎の学校の、イモな女子2人が、背伸びしてオシャレして、神社の鳥居前で撮影ごっこして応募したくらいでは、屁にもかすらないわけだ。
そんな話を自虐笑いネタにして、30代に子育てに煮詰まり、通った都内の自助グループのミーティングで話したから、私は、承認欲求の強い、シンデレラ願望のなりそこない、承認願望シンデレラとレッテル貼られていたのかもしれない。
しかし、50代のミドルになってみて、痛感するのは、シンデレラになるには、条件があるということだ。
①まず、貧乏で掃除にいそしむ我慢する少女時代をすごし、何処か、現実以外の異世界に希望を見出すしか仕方ない境遇でなければいけない。
②母や姉妹など、家族や姉妹からも、バカにされ、女の味方がいないため、魔法遣いか、王子様にしか、希望を見いだせない境遇でなければいけない。
この2条件を満たさないと、真のシンデレラに選ばれないとなれば、誰も、シンデレラになど、憧れないかもしれない。
東宝シンデレラに選ばれた方は、週刊誌的な噂では、周囲からは暗黙の了解で、大実業家の愛人として、寵愛を受けているかのように書かれている。真実は、知らないが、おとぎ話のシンデレラのように、「舞踏会のあと、シンデレラは王子と、永遠な幸せに暮らしましたとさ」で、清らかなハッピーエンドで、終わるわけにはいかないのが、現実なのかもしれない。
シンデレラとは、なんぞやと、趣味の検索リサーチなどしてみたら、どこぞの外国の女性の人身売買の団体名に、シンデレラがついていたり、女子心を煽るシンデレラ願望につけいる悪ビジネスに、巻き込まれない必要も感じる。
、、、、、、それでだ。
何故、そういうことを書きたくなったかというと、最近、仕事用に履きやすい靴を探していて
街角の靴屋さんで、スニーカーに足を入れてみて、フィット感を確かめるのが、習慣になっているからだ。
「この靴にピッタリの女性は、だーれ?」
そんな言葉を浮かべながら、スニーカーの試し履き、足入れをしていると、ふいに不思議ない感覚に陥ったのだ。
足入れしてフィット感がよかったので、最近気に入って履き始めたDUNLOPのスニーカー(定価は高めだが、半額になっていて、試し履きした際の心地よかったので購入した)
動く時の仕事用に履き始めたらら軽くて足裏の凹みに微妙にフィットし、一歩踏み出すときの軽快感と安定感が、爽やかすぎて、何故か気分があがる。
スニーカーなんて、丈夫で歩ければよし、安いのも高いのも変わらない消耗品位に思っていた価値観が、グラグラと足元から揺るがされた。
こんなにスニーカー一つで、意識が変わるなんて、、、と、感動し、街角の靴屋さんを通るたびに、無駄に、もっと心地よい生き方歩き方ができて、気持ちがあがる靴がないか、
スニーカーさんに「探し求めていた足の持ち主は、貴女です」と言われているかのような足入れのスニーカーが見つかるかもと、お試し足入れを繰り返す私。
なんかおかしい。
シンデレラの靴探しが、地に足ついた生活しやすいスニーカー探しになってるではないか?
お馬鹿さんだなぁ、私。
探し物はなんですか?
見つけにくいものですか?
シンデレラの靴を探したあとは、地に足ついた生活しやすいスニーカー探しですか?
なんだか、バカっぽくて笑えて、この今ここにない、何処かにあって私が足入れするのを待つ理想のもの探し病、治そうと思えた。
歩きやすい靴をはくと、嬉しくなる、今を、大切にしよう。
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