見出し画像

のらない

気分がのらない。

ひとりだけ取り残されていくような気持ちになる。

そんな中、ずっとやりたかったことをしてきた。

ひとつめ:数年前、まだ勤め人だったころ、事業部閉鎖で事業所の敷地が売却された。その後どうなったのか気になっていた、一番気になっていたのは、何十年も前に着任した社長の鶴の一声で敷地回りに植えられたそめいよしの。そのままなのか、伐採されたのか。見に行った。伐採されてなかった。バス通り沿いに、そのまま植わっていた。

ふたつめ:下北沢で売られていたニンジンが美味しかったという、わたしが妊娠中あこがれていたアーティストで先輩母(8か月)からたどって、有機栽培の野菜をずっと購入していた。数年前、野菜栽培農家さん突然共同経営者と「袂を分かち」廃業するお手紙が来た。その後、ずっと野菜難民になっていた。野菜たちが育っていた風景が見たかった。昔の住所を頼りにのこのこと出かけていった。煙突のある家があって、裏に回ると水田だった。中サギが群れていた。水田側から思い切って3回声をかけた。返事があった。突然の廃業のお手紙に、お礼を言うことも思いつかずに廃業の日を迎えたこと、育ててくださった野菜のおかげで大きな子供が育ったこと。いつかお会いしたいと思っていたこと、一方的に伝えた。大きな猫をだっこして、徹夜仕事明けとおっしゃって家から出てきてくださった。華奢な、アーティストさんだった。モロッコインゲンと、ズッキーニと、そして、なぜかついてきた子供が「ニンジン引っこ抜いてるわ」。下北沢で売られていた元祖ニンジンの子孫に違いない。甘くてパリッとしていて、みずみずしくて、ニンジンの香りの強いニンジンをもらった。心からうれしくありがとうという気持ちで一杯になった。

みっつめ:大川小学校を見た。正確には、大川小学校跡地、というか、なんというのだろう。もっと近くまでいく勇気はなかった。橋から曲がったところで、ぱっと視界に入ってきたところで、深呼吸して車を止めて、道のわきでUターンして、もう一回だけ見て、帰途についた。これを今書いていても、思い出すと動悸が激しくなる。

よっつめ:帰還困難区域の境界を見た。ゲートがあって門番がいて、ここから帰還困難区域、と書いてあった。帰還困難区域が9年たってもまだあることを忘れてはいなかったか。

実は、もっとつめこんでもっといろいろあるんだけど、そして、県をまたぐ移動制限が解除されたからといって、むやみに不要不急の用事をするのはためらわれるのだけど。でも、人生っていつ終わるのかわからないから、フェルマータの今、実行してみた。

かんがえることが多すぎて、また、わたしは忘れっぽい人に元戻りしている。

日記に書いておこうと思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?