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古井さんがメールを見ない理由

古井さんは本当にメールを見ない。ほとんどメールを見ない。

統計的には95パーセントの確率で見ていない。

残りの5パーセントは気まぐれにメールを見る時なのだろう、年に2回くらい話題に出したり、返信をくれる。

そして今日もトラブルが発生していた。

「何で会議サボったんですか!!。メール送ってましたよね。」

「そうだっけ? わりぃ。見てねーわ。」

「ちゃんと見てくださいよ!!フラグもつけてますんで。」

会議があったらしく、すっぽかしてしまったようだ。

会議の主催者には「古井さんには口頭でも伝えた方が良いのでは?」と思ったのだけど、まあやっぱりメールを見ない古井さんが悪い。

会議に出ないなら連絡ぐらいするべきだ。

というかメール見てないって理由にも無理がある。

「面倒だから見なかったことにして、出なかった」と言っているようなもんだ。

小学生が宿題をやらなかった時に、お風呂入っていたとかテレビ見ていたとか無理のある言い訳をするのと同じだ。

そんなメールを見ない古井のオッサンだけど、新入社員でも平社員でもない。

立派な役職者だ。

それも係長や課長ではなく、部長だ。
もう一言付け加えると僕の上司だ。

部長なだけあって会議も多いのだけど、週に2~3の会議をスッポかすし、書類の提出期限も守らない。

誤解のないように説明すると、古井部長は過去には事業の柱となるような取引先を開拓したこともある猛者だ。

新規に全力投入するスタイルだし、三振かホームランタイプで仕事をするタイプだ。

ホームランを打った時の実績はすさまじく、営業力は本当に高い。

そして人柄もいい。

部下の僕を理不尽に怒ったこともないし、いつもニコニコしていて、仕事の相談もしやすい人だ。

ただメールだけはほとんどスルーする。どんな人からのメールでも気まぐれにしか見ない。

そんなメールを見ない古井さんではあるものの、返信しくれたことがあった。

あれは入社2年目の時。

職場では定期的な飲み会が年に2回あった。事業部全体の飲み会で、参加する人数も多いし、役職者も複数いる、若手にとってはめんどくさいタイプの飲み会だ。

そんなめんどくさい飲み会の幹事になったのが、入社2年目だった。

幹事の最初の仕事はスケジュールの調整である。

まずは飲み会こそ人生と思っている10人の役職者たちの予定を押さえること、これが重要である。

この人たちは世代なのか、みんなで飲み会をすることに命をかけている。幹事が役職者の予定を聞かずに決め打ちで飲み会の日を決めると、出席できない人たちから、1年以上、罵声を浴びせられることになる。

ということで飲み会に気が進まないながらも、役職者たちの予定を確保すべくメールを送った?

ほとんどの人はメールを見落とさなければ、返信してくれるだろう。

ただ、間違いなく古井さんからは返信を貰えない。いや5%くらいは返信を貰える確率はある。でも5%ってトキワの森でピカチュウが出るくらいの確率だ。可能性としては、かなり低い。

メールの返信を待つより、直接出欠を聞いた方が早いだろうなと思い、席を立とうとした瞬間。とあるメールが届いた。

____

From Furui:

お疲れ様です。

10日・17日は出席可能です。

古井

____

なんと、あの古井さんからメールが返ってきた。

正直、僕は混乱していた。

CCでメール入れても見てくれないし、会議は3回くらいお願いしないと出てくれない。

そんな古井さんから、メールを送って5分以内に返信が来たのである。

「何か理由があるのか・・・?」

そう思い、色々な人に飲み会の返事がすぐに返ってきたことを伝えて、過去にどうだったか聞いた。

すると、とある事実が判明した。

古井さんは飲み会の出欠にはすぐ返信しているのである。

おおむね10分以内だ。

「メール見ないんじゃないのかよっ!!」

心の中で激しく突っ込みつつ、理解した。

古井さんは見るメールと見ないメールをふるいにかけている。

メールは届いたときに、ポップアップ表示されることが多い。

ポップアップ表示される件名を見て、見るか見ないか決めているのだろう。

思い出してみると、古井さんは大型受注に繋がりそうな会議にはほとんど出席している。

だけど、クレームへの対策会議とか社内の組織つくりの会議には出ていない。

全てタイトルで判断して、個人的に興味のあることのみ見るようにしているのだ。

興味のあるものは、新規営業か飲み会だ。

返信するメールは気まぐれじゃなくて、内容でおそらく決めている。

管理職なので、プレイヤー以外の仕事にも興味を持ってほしいけど納得した。

まあ、悪い言い方をすると、自分の興味のあるものだけを見て、めんどそうなものは見ていないことにしているのだろう。難儀なオッサンだな。


そして、飲み会当日。

古井さんの姿はなかった。


忘れていたのである。

興味のあることにパクっと飛びつき、返信までして忘れてしまったのだ。

メールを見ない理由は、選別ではなく、興味のないことはスルーして、そのまま忘れてしまっているんじゃないかという気がする。

忘れているのであれば、「見ていない」という言葉にも納得である。

相手がメールを送ったにも関わらず、自分にメールを受け取った記憶がなければ見ていないとしか言いようがない。

***

いま、僕は妻に怒られている。怒られながら、古井さんとの思い出に浸っていた。

ラインで頼まれていた、買い物をすっぽかしてしまったのだ。

「買ってくるって返信したのに、なんで買い物してこなかったの!!」

ベスビオ火山のように噴火している妻。

「ごめん。よく見ていなかった」

謝るしか選択肢がない僕。

「ああ?!今すぐ、買ってきて」

ようやく分かった。約束したことはちゃんと守らないとダメだ。

ポツンと光を放つ国道沿いのスーパーの入り口で反省するのだった。


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