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無職のくせにバンドマンに回転寿司を奢った話

 私は無職である。収入(と言うのもなんだが)は最近になって貰えるようになった障害者年金のみで2ヶ月に13万ほど。実家暮らしで、家で食べるぶんの食事代や光熱費などのお金は払わずにいさせてもらっている。

 就活は上手くいっていない。大学を卒業してからは就労移行支援事業所を通じてラブホテルでバイトをしていたが1年未満で辞めてしまった。それ以来、仕事は出来ておらず、今年29歳のいい大人が、自立できていないことに日々、焦りや罪悪感が付きまとっている。
 両親は甘く優しく、ゆっくりでいいと言ってくれる。だが十分にゆっくりし過ぎている。
 それなのに働けないのは、障害由来の理由もあるが、何より今の環境に甘えきって社会を怖がってしまっているせいだ。
 大学を卒業してからは、元同期や恋人とはよく会っているが、交遊関係は広くなく、限られた人とのコミュニケーションのみ楽しんできた。だが、社会的なコミュニティにはまともに参加できていない。自分が社会で通用する人間だという自信がないし、自信を育てる努力がおっくうだった。

 また、友人に言われていることがある。
 今の実家にいてはいつまで経っても甘えたままで、働くことが難しいだろうから一人暮らしなりして家を出た方がいいと。
 それには私も同感だったし、感謝すべき実家であるが、居心地の悪さも感じていたので出たいという気持ちがある。今の環境を変えたいのだ。
 そのためにはお金が必要である。なので、ささやかながら貯金をしている。

 そんな中、最近、SNSで繋がった人達とリアルで会うことが何度かあった。
 仕事ではなく趣味の集まりではあるが、友人達とはまた違うコミュニケーションが必要な場に、緊張と興奮とともに自己肯定感向上の気配を感じた。
 彼とはそんな出会いだった。
 とあるイベントにて、SNSで知り合った者同士でしたオフ会のようなものをしたときに初めて会った彼はとても優しく、ネットの繋がりに疎い私にも親切に対応してくれた。
 見た目がとてもかわいらしく笑顔の眩しい彼の人相は、惚れっぽい私の心臓を鷲掴んだ。
 イベント当日は、所属しているバンドのライヴがあるからと早々に去っていった彼。一方で、イベントを楽しんだ私は7000円近く使ってしまったが、あらかじめ確保していた予算でギリギリ足りたのでよしとした。

 数日後、例の彼がSNSで食事を同席してくれる人募集との書き込みをしていてドキドキした。募集場所がそのとき私がいた場所に程近かったからだ。緊張する指で会いたい旨を伝えるとすぐに返事が来た。
 待ち合わせ場所につく頃、自分以外にも誰か来ると思っていた私をよそに2人で食事をする流れになっていると気付いた。
 話を聞くと、引っ越しをするのでこの地でしばらくは遊べないらしい。
 ほぼ初対面の人間のそんな大事な時間を、私が独占してもいいのだろうかと不安に思いながら、どこで食事をするかは決めていなかったので、ふらふらと2人で街をさまよった。
 安い店がいいですね、あれやこれは苦手なんですよといった会話を交えて選んだのは回転寿司だった。
 行列ができており待ち時間のあいだも会話を楽しんだ。席に着いてからも、話は途切れたり続いたりを繰り返し、私としては満足な気持ちでいた。
 ライヴや引っ越しなどでお金も労力もたくさん使った話を聞いたときは、好きなことを頑張っている人を応援したい気持ちになった。

 ただ、一つ疑心暗鬼に思うこともあった。
 お金がないという話題を出しておきながら誰かをご飯に誘うのはどうなのか。もしかして、奢られたいのだろうか。
 会話をしていくうちにその疑念は強まっていき、事実はともあれ私の中で確信になっていった。誰だって、得できるものなら得したいだろうから。
だとすると、私はとんだハズレだろう。
 なんて悪いことをしてしまったんだという気持ちや、こんなに私は楽しんでいるのにハズレと思われたくない気持ち、そしてある意地汚い考えがぽつんと湧いてきた。

 無職に食費を支払われる図式って滑稽じゃないか?
 何かを恵まれたら感謝すべきだ。こんなにキラキラしている人の「感謝すべき人」になれたら優越感が湧くのでは?

 手元には8000円あった。今週遊びに使ってもいいと決めた金額ギリギリラインだ。これで少なくとも回転寿司は支払える。
 問題は会話の中で近場に美味しいバーがあることを聞いてしまったことと、解散時間によっては夜を過ごす場が必要になることだった。
 彼がどの程度飲むのか、遠慮するのか、件のバーのチャージ料がそれなりにすること、バーってなんか長居しちゃいそう……などなどにこやかにしながら考えていた。

 寿司を食い、腹が満たされても水を啜りながら、悶々とバーまで奢るか否か悩んでいることはわかりやすい顔によって、相手に伝わってしまっていたかもしれない。
 そうこうしている内に、彼の方から会計をしましょうかと提案された。
自分の優柔不断さを嘆いた。
 せめて、この場だけでもと会計機にお金をぶちこんだ。

 中途半端なことをしてしまったと思っている。会計を見たら二人合わせても2000円いってないじゃないか。回転寿司安いなおい。何が優越感だ。
 私は彼に何も恵むことができなかった。所詮、無職だなと自虐した。

 世の中にはお金で買えるものが山ほどある。
 今回、私はバンドマンの彼との楽しい時間と、彼の将来性、薄暗い優越感を買おうとした。でも買えなかった。たった2000円では買えないものばかりだ。たとえ、バーで酒を奢っていたとしても同じことだろう。彼を舐めきっている。
 でも1つ、楽しかったというのは本当で。お金で買ったわけではなく、彼に貰った時間だけれど。
 彼には是非、これからもバンド活動も趣味も楽しんでほしい。
そして、私は懲りずにまた誰かとの時間を買いたがるだろう。


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