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良い子は自分をほめるべし

いい子の悲劇
いい子で、真面目で従順な
親や先生にとって手のかからない
扱いが楽な都合のいい人のブルース

テストで点とるのうまいと、周りから一目置かれ
良いイメージでとらえられるから万能感くすぐられ
自分は「優秀なんだ」みたいな「なんでもできる」みたいな
勘違いする。

ただ、正解がある準備してあるテストというルールの中で覚えたこと機械的に
吐き出しているだけ。

実社会に出たら、1から10まで正解なんてない。
正解のないものに自分で問いを立て、自分なりの答えを出していかなければならない。

それは、自分にとっての解釈、意味付け、評価つけだから
その力が必要

しかし、いい子は準備してあるものの正解は探す力があるが、答えがないものに歯が立たない。
自ら、意味付け、価値つけする力がないから。
他人軸の他人の正解は何かばかり気になる。

結果、答え合わせのできないモヤモヤ感いっぱいで、納得できない未消化の感覚のみが
心の奥底に沈殿していく。

そういう状態を受け入れられない、できない自分を受け入れられないから
相手が悪い、社会が悪い、と恨む。

人によっては、自分を責める。
正解探そうとする、そんなもの無いのに。探そうとする。
例えばこんな経験ないですか?

新人で会社に入った時、先輩から「勝手にやらんとわからないことがあったら聞いてね」と言われ
なんでも報連相した方がいいのかなと思って、聞いてたら「そのぐらい自分で考えてくれ」
となり、自分で考えてやったら「なんで聞かないの!」とお𠮟りを受け・・・。

「・・・。」
「どっちやねん。聞くのか聞かないのか?」
何については聞く、何については聞かないがあいまいで、相手の頭の中を察して動けみたいな。
「取説くれよ!わかるわけないやろ、あんたの頭の中のことなんか」

実感としては、学校で「テニス」の英才教育小学校から大学までみっちり受けたと
卒業して「じゃ、本番頑張れよ!君ならできる」見たいな、言葉真に受けて。
本番の試合に出たら、知らない間に「野球」に変わってたみたいな感覚。
球場でいい子は「なんでみんなバットとグローブ持ってんのかな?」みたいな混乱のうちに
立ち尽くすみたいな。
ルール変更どこにも書いてないし、言ってくれないし、はっきりしたもの無く
なんとなく「空気」の同調圧力で動くし。疲れる。
仕事内容より、人間関係でエネルギー減る。

かつての従順な「いい子」は、意味が分からなくて頭を抱えて立ち尽くし、そのうち動かなくなる。
鬱になる、引きこもる、自分を責める・・・。「なぜなんだ、こんなはずじゃなかった」と。

自分で起こった事象に意味付け、価値つけするには「自我、自分軸」の発達が不可欠。
しかしながら、いい子はそれが育ってない。他人軸、他人の外からの価値基準で生きて来たから
自分にとって、何が必要で、価値があることか、優先順位が付けられない。
みんな一様に公正に対応しようとするから、大事な人への時間が無くなる。お得意様いなくなる。
結果、職場や学校で浮く、孤立する。

寂しくて、悲しくて、自分が嫌になって、苦しい。
誰にも言えない、というかどうなってんのか意味が全く理解できないから、
説明できない、助けを呼べない。
何がどうおかしいのか?さっぱりわからないから。

自分の判断基準がないから、他人の真似をとりあえずする。顔色見て、承認欲求に騙されて
自分も他人も騙して、本音を隠して生きている、いや、それも自分で気が付いていない。

だから、異常に生き苦しい「真綿で首を絞められる感じ」という言葉に、ある書籍の中で出会ったとき
まさに自分の感覚を言い表す言葉だと変に納得した経験がある。

建て前と本音を分離して、ずるがしこく立ち回り、自分を守るすべも知らず
違和感だらけのゾンビ人生・・・。
「もう、嫌やー、こんなん嫌!」

でもね、それでも生きること諦めないで。
今日まで、頑張ってきた自分をほめてあげて。
そして、自分を愛することを知って、心豊かに生きるために
今までの苦しみもがいた人生があったんだ!と過去の自分に意味付け、価値つけ出来たら。

今度は、それを活かして、喜んで、楽しんで生きる大切さ伝えませんか?
あなたの人生を最高のものにするために。

気が付いたら「自分を愛して、心豊かに」生きることを始めて。
人生ゲーム、クリア!
おめでとう!よく頑張ったね!自分をほめてあげてね!

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