田ノ倉 司

こんにちは。 3000字程のショートショートを書いています。 ひとときの気分転換になり…

田ノ倉 司

こんにちは。 3000字程のショートショートを書いています。 ひとときの気分転換になりましたら幸いです。 不定期の更新になりますが、よろしくお願い致します。

最近の記事

ノックして【ショートショート】

 姉の部屋で、使われていない色鉛筆を見つけた。深い森のような色の缶ケースだ。 思いついて買ったはいいものの、急に絵を描けるようになる訳でもなくて、飽きて放置していたのだろう。 貰ってもいいかと聞いたら「それは良い物なのよ。大事に使ってね」と念押しはされたけど、あっさり譲ってくれた。  姉と同じく僕も絵は描けないから、適当な色を手に取り、ぐるぐると塗ってみた。 芯が柔らかくて、するすると線が伸びる。高級な文具って、こんなにも違うものなのか。確かにこれは雑に扱うものではない。落

    • 林の奥に【ショートショート】

       迷った。 この先に駅があるはずなのに。 土の上を歩きたくなって、林の細い道に入ったのがまずかったか。子供の頃によく遊んだところなのにな。  今日は、少し遠くの書店に行くつもりだった。人と約束はしていないから、焦ることはないのだが、どこにいるのかわからないというのは、落ち着かないものだ。 危険な所は無かったはずだから、このまま歩いてみようか。太陽を見ながら一定の方向に行けば、どこかに出るはずだし、木々の間を歩くのは気持ちがいい。 たぶん大丈夫。  童心に帰って、葉っぱや枝を拾

      • 月の糸【ショートショート】

         とろりと糸が降りてきた。    遥か上から、とろーりとろーりと。 思わず手のひらに受ける。 溶けたガラスのように見えるが熱くはなく、ひんやりつるりとして柔らかい。 透明な中に光を含んでいるかのようだ。    少し風に揺られながら真っ直ぐに降りてくる糸と、手のひらに重なっていく糸を交互に眺める。 やがて端が見えて、するんと手に収まった。 手のひらで水を掬ったくらいの量だった。    空を見上げたのは久しぶりだ。 月も星も変わらず光っている。 糸の端を取り、指に巻いて持ち帰った

      ノックして【ショートショート】