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「教育移住」で、子どもも親も豊かに生きる。風越学園の開校を機に、家族7人で東京から軽井沢へ

子どもが育つ環境を考え、より良い地域を求めて家族で居住地を移す「教育移住」。2020年以降はリモートで働く親が増え、その選択肢がより身近なものとなりました。

子どもの探究心を引き出す学習塾「探究学舎」取締役であり、5児の母でもある宝槻圭美さんは、軽井沢風越学園(以下、風越学園)が開校した2020年に家族7人で東京から軽井沢へ移住。生活拠点を移してから、暮らしや子育てはどのように変化したのでしょうか。移住を決めるまでの経緯や、移住後の暮らしについて聞きました。

街の雰囲気と「風越学園」に惹かれ、軽井沢へ

—— どのような経緯で、軽井沢に移住することになったのでしょうか?

移住する前は、夫と子ども5人と一緒に東京に住んでいました。上の子2人は地元の公立小学校に通っていて、下の子3人はそれぞれ違う保育園に通っていました。なので、毎日がすごく慌ただしくて。家と職場と保育園を自転車で駆け抜けるような日々で、段々と私自身の余裕がなくなっていくのを感じていたんです。そんなタイミングで、2番目の子があまり学校に馴染めずしんどそうに学校に行っている様子もあり、移住を考えるようになりました。

学校を選ぶときには、ある程度の規模がありながら新しい取り組みをしているところがいいなと思っていました。夫も私も仕事は東京で続ける予定だったので、東京へのアクセスの良さも視野に入れていましたね。

そんなときに、風越学園が開校するというニュースを耳にしたんです。軽井沢は移住者も多く、街としてもオープンな感じで安心感があったので、移住先としていいかもしれないと感じました。

—— 風越学園のどのようなところに魅力を感じたのでしょうか?

いくつか学校を見に行き、風越学園以外にもいい学校がたくさんあるなと思っていました。ただ、特定の教育法を定めていない学校がいいなと私自身が思っていたんです。その方が評価軸が多様で、どんな子どもでもチャレンジできる土台が生まれるようなイメージがあって。

風越学園は、特定の教育法は取り入れていないのでスタッフの方たちが試行錯誤をする大変さはあると思ったのですが、一生懸命な大人の姿を見ながら過ごすことも、子どもたちにとっては大切だと思っていたんです。

—— 家族で移住してお子さんたちが新しい学校に通うことは、大きな決断だと思います。不安に思うことはなかったのでしょうか?

不安よりも、新しいことが始まるワクワク感の方が大きかったですね。新たに開校する学校でもあったので、0から1を一緒につくっていけることに可能性を感じていました

風越学園理事長の本城さんが学校づくり報告会でお話してくださったことも印象的でした。「私たちは大きく失敗する可能性があるし、うまくいかないこともあると思います。失敗する可能性があっても、よりよいものを目指して挑戦し、変わっていきます。それを理解して共感していただけるみなさんと一緒に学園をつくっていきたい」と。その感覚が、正直でいいなと思ったんです。

—— お子さんたちは、移住に対してどのように感じていたのでしょうか?

長男以外は、「ママが行きたいならいいんじゃない?どこでもついて行くよ」という感じでした(笑)当時長男は小学校4年生で、最初は「学校の友達と離れるのは嫌だ」と言っていました。なので、軽井沢や風越学園のことをちゃんと話した上で、それでも「行きたくない」と言うようであれば、移住はやめようと思っていたんです。

それがあるとき急に発想が変わったようで、「風越学園に行ってみたい」と言うようになりました。「小学校の友達とは離れても友達だし、新しいところに行けば新しい友達が増えるから」と言うんです。風越学園では子どもたちが自由に学校をつくっていけるので、どうやらそこに惹かれたようです。

一人ひとりの個性に光を当ててくれる場所

—— 軽井沢に移住されてから4年が経ちましたね。風越学園には、どのような魅力があると感じますか?

開校1年目にちょうど感染症の流行が重なり、すべてオンラインでのスタートだったので、当時はスタッフの方がすごく苦労されていました。幼稚園児や小学校低学年の子どもだと、オンラインでコミュニケーションを取ることは本当に難しくて。それでも、一人ひとりの興味関心にあった本を選んで5冊ずつ渡してくれたり、学校が休みでもいろんなチャレンジができるアイデアを出してくれたりしました。そんな風にアナログのコミュニケーションを大切にしてくれるところに、温かさを感じましたね。

うちの子どもたちは、一人ひとり全然違う個性があるのですが、風越学園のスタッフの方はそれぞれの良さをそのまま受容してくれているような感じがしています。

3番目の子は自分から何かをするよりも周りの様子を見ていることが多いような子どもなので、「積極的に動いていない」という評価をされるかと思ったら、全く違っていて。スタッフの方は、「周りの人が頑張っている姿に、心を寄せて一生懸命応援してくれる」と言ってくださいました。そうやって、子どもの個性に光を当ててくれるんです。

—— お子さんはどんな様子で風越学園に通っているのでしょう?

それぞれの子が、自分の持っているものをそのまま伸ばしていっているように感じます。

長男は今年中学3年生になり、最近は「移住して風越学園に入学したことは、自分にとって本当によかったのだろうか?」と言う問いと向き合っているようです。「あのとき引っ越していなかったら、別のこんなことをしていたかもしれない」とか、「思考力がついた感覚はあるけど、それは自分が元々考えることが好きだっただけで、どの学校に通っても変わらなかったかもしれない」とか、そんなことを言っていました。

それを聞いて、「私が強引に連れてきちゃったかな…」と思ってドキッとしたのですが、別の見方をすると、自分のこれまでの歩みをそんな風に俯瞰して見れるようになったのかなとも思いました。自分の人生を振り返り、「この学校で本当によかったのか?」ということを考えられることも含めて、風越学園で育ててもらったのかもしれないなと思っています

卒業後は、海外に行って日本とは違う文化に触れてみたい気持ちが強いようです。あるとき進路について長男に聞いてみたら、「自分は高校3年間をどうするか?と言う風には捉えていない」と言っていました。「人生の3年間をどう過ごすかを決めたい。そう考えると、中学卒業後の3年間を1つの場所で過ごすのは長すぎるかもしれない」と。一体どこからそんな風に考えるようになったのか不思議なのですが(笑)、高校に行かないことも含めて、中学卒業後をどう過ごすかは本人が自由に決めたらいいと思っています。

子どもと向き合う「余白」が生まれた

—— 移住前後を振り返ると、暮らしにはどのような変化がありましたか?

移住前に感じていた私自身の大変さは、随分と軽減されたなと思います。以前は、回し車に乗っているハムスターのように常に動いていて、何かに追い立てられるような感覚もありました。けれど、今は季節の移り変わりを感じられて、それだけでも心がほっとするような気がします。春から夏にかけての太陽光の変化を感じたり、秋から冬にかけての紅葉や葉っぱが落ちていくまでの変化を感じたり。

都会にある木は真っ直ぐに生えていて、なぜだか固定されているかのように感じていたのですが、ここでは木がずっと揺らいでいるんですよね。そんな揺らぎを眺めていると、「その方が自然だよなぁ」と感じることもあって、自然から教えてもらうことは多いなと思います。

本当は都会にいても季節の移り変わりは感じられるし、木だって常に揺らいでいるはずなのですが、私がそれに気づいていなかったんですよね。街に出ると常に何かしらの情報に触れて思考が刺激される感じで、視野が狭くなっていたのだろうなと思います。

—— お子さんとの関係性も、変化したところはあるのでしょうか?

夫の働き方も変わって自宅からリモートで仕事をすることが増えたので、家族で一緒に過ごす時間は増えたなと思います。

あとは、ここでは東京のようにバスや電車などの公共交通機関が充実しているわけではないので、子どもが習い事に行くときは基本的に車で送り迎えをすることになります。それは不便なことでもあるのですが、移動中の車内では子どもと2人で普段できないような会話ができる良さもあるんですよね。それが思わぬ副産物でした。

家にいると、どうしても料理や掃除など何かしら作業をしながら子どもの話を聞くことが多くなってしまうのですが、車内でじっくりと子どもの話に耳を傾けることができるんです。

—— お子さんの成長に対しては、どのような願いがありますか?

「今ここに、命があるだけでありがたい」と思っているので、1日1日を生きていくことを諦めないでほしいという気持ちはあります。土台にあるのは、それだけですね。強いて付け加えるとしたら、自分を愛し、周りを愛せる人になってほしいなとは思っています。

ただ、それが難しく感じるときもきっとあると思います。「自分のことを好きになれない」「周りの人とうまく関われない」と感じる日々も含めて、自分の命がここにあるということを大切にしてほしいというのが一番の願いです。その上で、自分が感じ、考えたことを信じて人生の選択をしてくれたらいいなと思っています。

親も、移住先での暮らしを楽しんで

—— 移住先を決める際に、気をつけた方が良いポイントはあるでしょうか?

移住後に通う学校の良し悪しを判断することよりも、その学校に通う子ども自身に合う環境かどうかを見極めることの方が重要だと思っています。うちの子どもたちはたまたま楽しく学校に通っているのでよかったのですが、振り返ってみると、子どもに合うかどうかはそこまで深く考えていなかったなと感じています。

どうしても学校を選ぶ際には理念や特色に関心が向きがちなのですが、そればかりに目が行くと、子どもが置いてきぼりになってしまうことがあります。良い学校と悪い学校があるわけではないので、子どもを主語にして考えていけると良いのではないかなと思います。

また、地方に移住すると、中学卒業後の選択肢はどうしても都会より少なくなってしまいます。東京であれば自宅から通える範囲内にたくさんの高校があり、偏差値だけではなくいろんな特色から選ぶことができますよね。けれど、地方だとそもそも高校の数が少ないので、その子の学力だけで進学先の高校がほぼ決まってしまうこともあります。なので、移住後に通う学校を卒業した後の選択肢についても、考えておくといいかもしれません

—— 最後に、これから教育移住を考えている方に向けて、メッセージをいただけますか?

学校を選ぶ際には子どもに合うかどうかという視点で考えることが大切だと思いますが、それと同時に、移住して親自身が幸せに過ごせるかどうかも大切だと思っています。移住された方の中には、田舎での暮らしが合わなくて以前住んでいた場所に戻る方もおられます。親自身も自分にとっての快適な暮らしを考えて、選択していくのが良いと思います。「近くにカフェがあるところがいい」とか「スポーツができるところがいい」とか、きっと親自身が望む暮らしがあると思うんですよね。

もし子どもが移住先の学校に合わなかったり、親自身がそこでの暮らしに満足していなかったりすると、子どもに向けて「あなたのために移住したのに」という思いが出てきます。そのような思いを抱かなくても済むような移住ができると、家族みんなで幸せに過ごせるのではないかなと思います。

そして、移住先としてすべてが完璧に揃っている場所はありません。理想的な場所を見つけて移住したとしても、暮らし始めると不自由なことがあったり、想定外のことがあったりするものなんですよね。

都会ではあらゆるサービスが整っていますが、ここではデリバリーや家事代行などのサービスはほとんどありませんし、近くまでの移動も車を出す必要があります。マイナス面は、いくらでもあげられるんです。「地域や学校が自分たちに何かを提供してくれる」という気持ちだと、どんどんつらくなってしまいます。なので、「移住先で自分たちで工夫しながら心地よい暮らしをつくっていこう」という気持ちでいることも、大切にしてもらえるといいと思います

—— 実際に教育移住を体験された方ならではのリアルなお話、ありがとうございました!

(取材・文:建石尚子   写真:内山光

宝槻 圭美(ほうつき たまみ)
株式会社探究学舎取締役、NPO法人ミラツク執行役員、House of Bloom代表
国際基督教大学卒、英サセックス大学大学院(国際教育学)修了。幼少期から環境破壊や戦争貧困に心を痛め、国際協力の道に進む。バングラデシュNGO、JICAエチオピア事務所、ユニセフブータン事務所、ユネスコアジア文化センターにて国際教育協力に従事。教育政策立案や教員養成、教材作成、教授法開発に携わる傍ら、組織開発・対人援助について学ぶ。起業家の夫との結婚・5人の出産育児を通して自身と暮らしを深く見つめなおし、個々人を大切にしながらも社会にインパクトをもたらす経営に挑戦。その傍らではじめた保護者むけ子育て講座や個人セッションが好評でHOUSE OF BLOOMを立ち上げる。軽井沢在住、二男三女の母。

軽井沢風越学園ウェブサイトはこちら

探究学舎ウェブサイトはこちら

宝槻圭美さんが立ち上げられたHOUSE OF BLOOMウェブサイトはこちら


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