【昔の話】脳梗塞みたいな症状で病院に行ったけどなんもなかった話

 一人暮らしをするんだったら、とりあえず近くのいつでも連絡できる、頼れる人を確保した方が良い。まあそんな人簡単に見つからないから陰キャのオタクなんですけども。

 というのはタイトルの通り。わけのわからん状態になった時、人はどういう判断をするかという、ほんの一例です。


 その日私は普通に仕事をしていた。
 当時の私の仕事は、お客さんから預かった靴の底を削って仕上げるようなことだった。高速回転するグラインダーに靴底を押し付けて削り、仕上げていくわりと気を遣う繊細な仕事の割りに立ち仕事。けっこうストレスもかかるし、体力も使うのだと思う。
 3時の休憩を終えて、さあラストスパートだ~、と機械に向かって15分ほど経った頃のこと。


「あれ?」
 なんだか体が勝手に、右に右に傾いて流れていく。こらこら、今大事な作業中なんだぞ、と元に戻しても、無意識に右に傾いていった。
「やだなー貧血かな?」
 貧血でそんな症状が出たことは無いけれど、まあ体調不良はいつものこと。一瞬意識が飛んだり、座っているのに立ち眩みがする(座り眩みだろうな)のもしょっちゅうあったので、タニシくんは全然気にしなかった。


 そんな調子で仕事を続けて、ちょっと休憩とトイレに向かう為、階段を昇ろうとした時にまた違和感。
「なんか脚上がらねーな……」
 妙に両脚に力が入らない。階段を上がれないわけではないけれど、かなり上がりにくい。うんとこどっこいしょ、うんとこどっこいしょと階段を昇ってトイレに行くも、この段階でも「まあいつものわけわからん体調不良だろう」と思っている。人間の慣れって恐ろしいことだ。
 そんな調子で「なんか変だなあ」「なんか調子悪いなあ」と思いつつ、18時の定時まで仕事をして。退社しようと更衣室への階段を昇ろうとしたところ、更に違和感が。
「うおーーー! 脚が上がらねえ!」
 ここらへんからは気合いで脚を上げないと階段が登れなくなっていた。それでもたにし君は「寝たら明日には治ってるよたぶん」ぐらいのノリだ。しかし自宅への帰り道、昔のなんか脚が交互に前に出てギッチョンガッチョン進むブリキのおもちゃみたいな歩き方になっていた。
 さすがにちょっとおかしい気がしてきたものの、人生経験から大抵の体調不良は寝たらよくなると思っていた。適当にインスタントの夕飯を取ると、そこからぼんやりと横になる。寝るような時間でもないしヒマだったので、ゲーム友達のフレンドと通話をしながら横たわって過ごしていた。間でトイレにいくのも一苦労で、私は「万が一に備えて家に杖は必要だな、アマゾンに注文するか」などと考えていた。


 ややしてフレンドが気になることを言い出す。
「タニシさん、だんだん何を言ってるかわからなくなってきた」
 意識が朦朧としているのか、呂律が回っていないのか。私自身、少し話しにくくなっているのを感じていた。おまけに脚はどんどん役に立たなくなっており、このままでは完全に歩けなくなるような予感もしている。時間は既に22時に迫っていた。
 悪くなる一方の体調に、流石に不安になったタニシ君は、一人では生きていけないようなポンコツである。実家の父に「呂律が回らなくなってきた」とメッセージを送ると、即電話がかかって来た。
「今すぐ救急車を呼べ。わかったか。おい、わかったか? 呼ぶんだぞ。呼ぶまで俺は寝ないからな」
 遠く離れた父の必死な言葉に、タニシ君は少し心が動いた。病院には行くべきだと判断したけれど、しかし救急車を呼ぶのははばかられた。なにせ自分には意識が有るし、まだ歩ける。しかし父の言葉にすぐは反応できない程度に頭の回転は鈍っていた。
 右に傾いていく体、呂律が回らず、頭がポンコツになる。どう考えても脳っぽい。そういう気持ちぐらいはあったので、なんとかしようと思うのだけれど、どうしても救急車は嫌だった。そこでタニシ君の取った行動は、何故か信頼している会社の上司に電話をかけることだった。
 しかしこの上司がめちゃくちゃいい人で(信頼していただけのことはある)すぐに車で駆けつけてくれた。上司が他の人にも電話してくれて、すぐそばに住んでいる同僚の人が来て、最寄りの夜間診療の予約を取ってくれたりした。本当にありがたかった。しかしその時点で私は両脚がガクガクでなんとか立っているような状態。呂律は本格的に回らなくなってきており、一音一音しっかりと発音しなければ喋れない状態になっていた。


 上司の車で夜間診療に運び込まれる。幸い空いていたのですぐに診察に移ってくれた。
 診察室に車いすで入った時にはニコニコしていた先生と看護師さんが、私の自覚症状を伝えるとめちゃくちゃ真剣な顔になっていくのが見て取れてそれは面白かった(面白がるところではないのだけれど、絵に描いたような「アッ察し」な顔だった)
 目を閉じて両手を上げてキープすると、右手だけが落ちる。呂律が回らない。急に立てなくなった。症状だけ聞くとわりかしアウトである。
 すぐに脳のCTとMRI撮影が始まった。MRIの機械的な轟音に晒されるとすぐ寝てしまう私は安眠を貪ったけれど、あっという間に出されて再び診察室へ。結論は「なんも異常がない……」だった。
 なんも異常無いのに人間こんななる????
 不思議なこともあるもんだ、と首を傾げていると、とりあえず点滴を打つことになった。
 車椅子に乗せられたまま、めっちゃいい人の上司とお喋りしつつ点滴を受けていると、何故かみるみる回復してくる体調。看護師さんが「脱水症状???? いや、でもあんな症状普通は出ないしなあ……」と首を傾げていた。
「なんというかその……このまま帰ってもらうのは怖いので……入院してください……」
 てな具合で緊急入院となったタニシ君。空き部屋が無かったので個室、しかもシャワールームとトイレを完備した準VIPルームに入れられた。一日も早く脱出しないと貯金が無くなる。震えながら夜を過ごした。
 翌日には連絡を受けた父がはるばる駆けつけてくれた。主治医もアレコレ全て検査してくれたけれど、困ったことに何の異常も無い。何も見つからない。何故か次第に回復している私。お手上げだ。いや、治るならいいんだけど。なんだったのアレ結局。
「うーん。映らないぐらい微小な梗塞が一瞬詰まってすぐに流れて消えたとかかもしれないから……血液サラサラのお薬出しておきますね……」
 そんなことある??? タニシ君は半信半疑だったけれど、まあ実際めっちゃ回復してるから何も言えない。治せったってもう治ってるわけだから。
 というわけで、一週間ほど入院と検査をしまくって無事元気に退院しました。入院費は1か月分の給料でした。生きるのが辛い。


 とまあ、そんなわけで。
 客観的に見て明らかにおかしい状態でも本人は「寝たら治るかな」みたいに思ってしまうので、身の回りに「それおかしいから病院連れてってやるよ」って言ってくれるような人がいてくれたら安心だよね~、っていう話。
 救急車を呼んだら負けみたいな気持ちになるの。皆も気を付けてね。救急車が躊躇われる時はどうするかとか事前に確認しておいたほうがいいよ。タニシ君との約束だよ。




 ところでその時の愚痴が一つ。
 髄液検査っていうのをすることになったんだけど、胎児が横になってるみたいなポーズをすると、背骨と背骨の間に隙間ができるのでそこにブッスリ針をさして、中の液体を取って濁ってないか調べる、っていう感じのやつ。
 検査しますね、って主治医と、すごく若くてオドオドした新人みたいな人が来て、「今日は彼がやります」って言うの。
 大人しく胎児のポーズになってると、背中のほうから「ここですか?」「そこではないですね」「この辺ですか?」「そう、そこね」みたいなやり取りが聞こえて、すげー不安になった。
「消毒は中心から外に向かって」「そんなに時間をかけてたら消毒した意味が無くなっちゃうから手早く」「そうそう」
 こえ~よ~。
 完全に練習台にされていることを理解しつつ、げっそりしながらその時を待っていると、「いきます」と針がドス。
 ウッ。
 先に麻酔してもらっているから激痛ってわけでもないんだけど、背中から臓器を押し込まれてるような妙な違和感は有って。ううっ、と眉を寄せて耐えていると「出ませんね」「出ないねえ」という声が。
 出ないってどゆこと。
 げっそりしていると、「刺し直しますね」って言われる。そ、そうね、出ないなら刺し直すしかないね……。ドス。ウッ。「出ませんね」「すいませんもう一回刺し直しますね」
 ドス、ドス。4回刺されて、まだ出ない。ワシはファミコンじゃないんだぞ。
「すいません、私が代わりますね」
 主治医がそう言って、選手交代を宣言する。はあはあ、これで地獄も終わるか……と思っていると。
 ドス。「おかしいですね……ここなんだけどな」
 ドス。「うーん?」
 ドス。「ごめんなさいね、しんどいですよねえ……どうしてかな」
 ドス。
「ダメですね……ちょっと上司を呼んできます」
 もう明日にしませんか、と言いたかった。私の背中、穴だらけじゃん……。毎回背中から臓器を押されて流石に疲れて来たタニシ君、心から疲れてげっそりしてきているのだけれど、あくまで検査は続行する様子。大人しく転がって早く終わってくれないかなあと祈るばかり。
 上司という年配の医者がやって来て、「すいませんね、すぐ終わりますからね」と自信満々で第一投。
 ドス。「……あれえ? ここであってるんだけどな」
 もうずっとそれ聞いてるんだよなあ……。
「ちょっと動かしますよ」
 動かすって何どういう、アッ!!!
「アッ!!!!」
「あっ、痛かったですか!?」
「め、めっちゃ脚にビーンって来てます!!!」
 脚にビンビンサンダジャ流れちゃってるもんこれ!(※サンダジャ=めっちゃすごい雷的な魔法の名前)
「神経擦っちゃってるな……ごめんなさいね」
 神経擦っちゃってるな、ってどういう、なんで私は背中を穴だらけにされてる挙句に神経擦られて脚ビビビーンってしてんの、
「こうかな」
「アーーッ!」
「あっすいません」
 助けてくれ~! 髄液なんてほっといてくれ~!
「刺し直しますね」
 もうええんやて! ほんまもうおなかいっぱい!
 ドス。
「アーーーッ!」
 累計11回刺されたところで、先生が言いました。
「麻酔科の先生呼んできます」
 何なの!? 私が悪いの!? 私の身体が悪いの!? ごめん、髄液出にくい身体に生まれて!
 もう許してほしい……と思っていると、麻酔科の先生が颯爽と現れて背中を見る。
「場所はここであってるみたいですけどね。いきますよ~」
 ドス。
「あっ出た!」
「やった~!」
「流石麻酔科の先生!」
 ありがとう麻酔科の先生……私の背中をハチの巣にする前に終わらせてくれてありがとう……。
 検査前に15分で終わると聞いていたのですが、全てが終わって時計を見たら、何故か1時間半が経過していました……。

「タニシさん、髄液きれいでしたよ。よかったですね」
 ほんと、よかったですね!!!!!!!!
 

おわり


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