アンネの真実

長谷川氏のブログより

アンネの真実

神戸に本部を置く日本ユダヤ文化研究会が「港:ナマール」という機関誌を発行しその創刊号が私の所にも送られて来ました。その中に大変注目すべき記事があったので、要約してコメントと共にここに紹介したいと思います。

記事を書いたのは、ハンナ・ホスラール・ピックという父親をドイツ内務省次官、母親はベルリンの弁護士の娘に持つユダヤ人の家庭に育った女の人です。彼女の家はナチスがドイツの政権を取るまでは平和で安定したものだったそうです。彼女の家庭は保守的なユダヤ教徒の家であり、ユダヤの宗教的祝日も安息日もすべて忠実に守っていて、仕事以外ではユダヤ人の宗教的コミュニテイ以外にはあまり付き合いがなかったのだそうです。

ヒトラーが政権を取ったとき、この父親は将来の起こることを予想して、安息日である土曜日を守り続けて人を助ける働きができるようにと、ドイツを離れてオランダに難民として移住し、アムステルダムで法律事務所を開きました。そうしたら、たまたま近所にいたのは後日「アンネの日記」で有名になる悲劇の人、アンネ・フランクでした。彼女とアンネとは同じ齢で、同じ学校に行くことになったのです。アンネの一家とハンナの一家は同じドイツから逃げて来たユダヤ人家族でしたが、一つ決定的に違うことがありました。ハンナの家は上に述べたように日常生活のすべてがユダヤ教の戒めに則って周囲の社会と妥協することなく厳しくしつけられていたのに対し、アンネの所はそうではなく、非常にリベラルで開放的であり、安息日も普通の子達と学校に行って勉強したり、キリスト教のクリスマス集会にも参加しているというような生活をしていました。土曜日の学校の宿題はいつもアンネがハンナに持って帰って来てくれました。アンネは金髪の巻き毛が美しく、容姿も良くボーイフレンドが一杯いたのだそうです。

ドイツのユダヤ人に対する迫害がひどくなり、アンネの家族は逃亡生活を始めました。ハンナの家族はアンネの家族が突然何も言わずにいなくなったので驚いていました。ハンナの父親はその後もユダヤ人であることを隠すこともなくひたすら働いていました。安息日もユダヤの家庭宗教行事も隠すことなく普段の通りに続けていたのです。それから間もなくハンナの母親は死児を出産し自分も間もなく亡くなってしまいました。家の外ではユダヤ人が続々と連行されて行きましたが、ハンナと父親はしばらくの間、ドイツの国籍が無くなっている事と、親戚が調達してくれたパラグアイの旅券を所持していたことで収容所に送られませんでした。近所のドイツ人の人たちもハンナの家族を助けてくれました。

その後ドイツ軍によるユダヤ人の一斉検挙があり、さすがにこの時は逃げられずハンナは妹と一緒にドイツの収容所に送られましたが、収容所の院長のドイツ人はたまたま父親の政府高官時代の知り合いであり、ハンナ達の待遇を少しは良くしてくれました。それで、幼い妹は生き延びることができました。それから再び収容所が変わったときも、全然知らないドイツ人がやってきて、妹を養ってあげると言われて助けて貰いました。

ある日収容所の一部に厳重な有刺鉄線が張られ、そこに明らかに自分達よりももっと苛酷な扱いを受けているユダヤ人が寿司詰めに収容されました。そしたら、そこには偶然友達のアンネが入れられていたのです。彼女はアンネと有刺鉄線越しに出会って、二人で泣きました。アンネは昔のアンネではなく、髪の毛は引きちぎられて無く、着るものも食べるものもありませんでした。彼女の妹は収容所の中でチフスで死にかけていました。

どうして、同じユダヤ人であるのにこれほど待遇が違っていたのかというと、ハンナの家族はドイツの命令で連行されたのに対して、アンネの一家は逃げて隠れ家で捕まったのであるから既決犯として苛烈な処遇を受けたのです。ハンナがアンネと会ったのは3回だけでした。その後、いよいよユダヤ人虐殺がエスカレートして、ハンナも遂にガス室に送られる貨物列車に乗せられました。これがちょうど連合国軍の攻撃を受け途中停車させられて、ハンナは助かったのでした。アンネは終戦の2週間前に残念ながら絶命してしまいました。

と、およそこういう話であって、同じユダヤ人でありながらどうしてこれほど違う目にあって、自分は助かってアンネは若い命で死んでしまったのかという事を述べています。そして、このハンナさんは自分はアンネの友人であることに使命を感じ、このホロコーストの経験をその後色々なところで講演を依頼されては引き受けていました。

この話を聞いて我々が得た印象を述べて読者の注意を喚起してみたいと思います。彼女はどうして自分が助かったのか、その理由は実は彼女の家族が逃げ隠れたりせず堂々と安息日を忠実に守っていたから神が守られたのではないかという事に全然気がついていなかったのではないでしょうか。聖書には「私の安息日を守るものは地の高いところを乗り越えらせる」(イザヤ58:14)という約束があります。このハンナさんの家族は実は神と神を信じる民の契約の印である安息日を神の前で尊重した結果、約束の通りに文字通り高い所を乗り越えたのではないかと思えてならないのです。このように聖書の約束・契約は決して生半可なものではないと思えてなりません。私達も同様な経験をして来ているから余計そう思えてならないのです。

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