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扉を上る女

まずい、これはまずすぎる。

今日は久しぶりに、壮絶な戦いであった。

ミーティング10分前だというのに、宅配ボックスの荷物が気になって仕方がない。

あと、10分ある。
急いで行けば、ミーティングには充分間に合う。

今日、宅配ボックスに届く予定の荷物は、
ずっと楽しみにしていた春物の洋服。

これを着てミーティングに出たいという、
欲望が抑えきれずにいた。

あと、10分ある。

私は急いで宅配ボックスのカードを手に取り、
部屋を出た。

新作の洋服だ。気分が上がる。

高鳴る鼓動のリズムに合わせて、
勢いよくカードを差し込む。

すると、荷物の番号の扉が開いた。
勢いよく開いた扉の向こうには、
ずっと待っていた春物の新作だ。

さて、部屋に戻ってこれを着よう。

ん?

大きめの箱を抱きかかえた途端、
背中がぶるっと震えた。

鍵がない。

浮かれていたせいか、
肝心のオートロックの鍵を忘れていたのだ。

これはまずい。

おそらく、ミーティングまであと8分くらいだろう。

どうしたものか。
鼓動が高鳴る。
もちろん、先ほどとは違う鼓動の高鳴りであることは明らかだ。

今日のミーティングは、わたしがメインだ。
どうしたものか。

浮かれていたせいか、ケータイも部屋の中だ。

まずい。これはまずすぎる。

とりあえず、101から順にインターフォンを押して行く。

平日の昼間。
おそらくみんな会社にいる時間帯だ。

410。
応答がない。

4階建てマンションの最後の部屋である。

絶望だ、、

今日のミーティングは私がメインなのだ。
頭の中で最悪のシナリオが浮かぶ。

どんな言い訳をしよう。
絶望だ —— 。

ん?

待てよ。
そういえばうちのマンションには裏口がある。
少し高さはあるが、扉の上は吹き抜けだ。

そこを飛び越えれば、部屋に戻れる。
ミーティングまでおそらく後5分くらいだろう。

一か八かだ。

わたしは裏口へと周り、鉄でてきた格子状の扉に足をかけ、上へと登って行く。

身長152cmの私にとって、2m程ある扉を超えるのは至難の業だ。

足を滑らせればきっと、ミーティングどころではなくなるだろう、、

慎重に足を移動させる。

扉の一番上に登り、孔子の出っ張りに片足をかける。

後もう少しだ。
でも、油断はできない。

全身の筋肉を使い、慎重に扉を超えて行く。

とんっ。

無事に反対側の地面に両足が着地した。

よかった。
これでミーティングに間に合う。

部屋に戻るとミーティングの5分前だった。
思ったよりも時間は経過していなかったようだ。

そうだ。新作の洋服を着よう。

外に置いてきた箱を部屋へと運ぶ。

壮絶な戦いを終えた一着は、さぞかし着心地がいいだろう。

ん?
手が上がらない。

先ほど全身の筋肉を使った弊害がここへきてやってきた。

どうやら体を痛めたらしい。
そう人生はうまくいかないものだ。

結局、着替えることを諦めて、朝から来ていた洋服で過ごすことにした。

この壮絶な10分間はなんだったのだろうか。

そんなことを思いながら、ミーティングの参加ボタンを押した。

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