書評『起業の天才』:江副浩正は「リクルート事件」がなくとも、バブル崩壊で経営者の座を降りていただろう

冒頭に瀧本哲史氏のインタビーを載せ、「顕教」と「密教」という例えで江副の二面性を示している。本書の大筋は前者の「来るべき情報化社会の先頭に立つ」との姿を描き、得難い人物として「天才性」を浮かび上がらせる。一方で、後者の「こすっからく儲ける」という姿も忘れずに書いている。採用情報などを利用した株の空売りは兜町では「仕手筋」と見られ、後に不動産投機に走った。物には表と裏があるというのはよく言われる。本書を読んで、江副の中でも両者は一体だったのだと改めて思った。転落のきっかけが成功に由来するという観点は、人間を語る上で不可欠だ。

リクルートコスモスの未公開株を配ったことが彼を転落に導いたとされ、当時の法律では違法ではなく「冤罪」だとの見解もある。しかし、たとえリクルート事件がなかったとしても、リクルートコスモスの不動産投機とファーストファイナンスの貸付金の不良資産化により、江副はいずれ行き詰っただろう。両者合わせての1兆8000億円の負債をリクルート本体で支援するということに、位田尚隆や河野栄子という経営陣も含めてリクルートの社員は同意しなかった。

そして、あらぬことか、江副はリクルートの保有株をダイエーの売却し、リクルートグループの不良債権問題から逃げたのだ。残っていれば、まずは当時1000億円あった私財を差し出すところだろう。江副の行為が、リクルートにとって怨念と言えるものになったに違いない。リクルートコスモスとファーストファイナスの膨大な借金を返したのは、河野をはじめとする役職員だ。

ところが、本書への書評の多くで「1兆8000億円の借金を返すほどの企業を育てたのは江副だ」と称賛する声には驚く。努力したのは、江副が逃げた後で残った役職員だ。仮にリクルート事件がなかったとしたら、江副は経営陣や銀行団によって退陣を迫られ、私財を失ったに違いない。

安比高原のリゾートをわずか30億円で加森観光に売却するとき、河野は江副に事前には一言も話さなかった。執行役員が事後報告として伝えると、江副はなぜ事前に話をしなかったのか、とネクタイを掴んで激怒したという。「河野さんは、安比をタダ同然で売ることで、あのプロジェクトは失敗だった、と世間に示したかったのでしょう。江副さんへの見せしめですよ」とのOBの言がある。河野の行動は、江副についての彼女や社員の思いを如実に示していると思う。

冒頭で「リクルートのホームページ上の社史には、創業者・江副浩正の名前もない」とあるが、これはリクルート事件との関連とともに、バブル破綻での江副の行動にも原因があるに違いない。

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