オープンレター資料として 9
オープンレターへの批判にたいして、ひとまとめにして「あいつらはミソジニー(ミソジニスト)だからそういうことをする」という主張があります。
たとえば弁護団の中心である神原元氏などがそういうツイートをしているようです。
(私はこの弁護士からブロックされているので、間接的にしか彼の発言は知りませんが)
さて、最近よくみかけますが、「ミソジニー」とはなんでしょう。
GOTになんか似たような語感の女性がでてきたよな、と思いましたが、あれはミッサンディでした。
ウィキによれば、こういう意味です。
ミソジニー (英: misogyny) は、女性に対する嫌悪や蔑視の事である。女性嫌悪(じょせいけんお)、女性蔑視(じょせいべっし)などともいう。ギリシア語の「μῖσος mîsos(嫌悪、憎しみ)」と「γυνή gunḗ(女性)」に由来する。女性を嫌悪する人物をミソジニスト(英: misogynist)と呼ぶ。
となれば、当然対語としての男性嫌悪もあるのでは、と考えますが、ありました。
「男性や男らしさに対する嫌悪」を意味するミサンドリー(英: misandry)
がそれです。
ミッサンディはこっちに近いですね。
思うに、普通の生活をしていれば、男や女のこういうところがいやだなあ、とか、好きだなあ、というのは当たり前に起きる感情です。しかし、男の全部が嫌いだとか、女の全部が嫌いだという一方にふりきれた感情をもつことはまずありません。
そういう人がいるとしたら、「オープンレター資料として 4」(https://note.com/taneri777/n/nc7ae75605121)で紹介した「男性皆殺し協会」のバレリー・ソラナスのように精神に問題をかかえる人くらいだろうと思います。
つまり、生きていてミソジニーやミサンドリー「的な」感情をもつことは人間ですからあります。それは否定できないとして、ほとんどの人は濃淡はあれども、ミソジニストとかミサンドリストなどと決めつけられるような存在ではない、ということです。
オープンレター勢が、批判する人たちにむけてミソジニストだというレッテルをはる行為は、自分たちをまもるためとはいえ、たいへんに雑な人間理解だというのが結論になるでしょう。
自称フェミニストにたいして訴訟を起こした事案の判決がでて、その報告にやはり「ミソジニー」という決めつけがされています。この件は勝手にツイートを本にされた著作権法違反をうったえたものだと思いますが、それがなぜミソジニーになるのか、さっぱりわかりませんね。どういう思考回路をしているのでしょうか。
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